アマゾンの有料会員制サービス「Amazonプライム」。その会員増をけん引するのは、動画配信サービス「Amazon Prime Video」(プライム・ビデオ)だ。日本のPrime Video利用者はローンチ以来、順調に伸び続け、今や米国に次ぐ2番目の規模に達した。2022年4月9日に配信した、村田諒太とゲンナジー・ゴロフキンのボクシング世界ミドル級王座統一戦を皮切りに、スポーツのライブ配信にも参入。今後、伝説のバラエティー番組「風雲!たけし城」復活版など目玉作品も続く。アマゾンジャパン プライムビデオ ジャパンカントリーマネージャーの児玉隆志氏が「Prime Video」に軸足を置いた新規顧客獲得戦略を明かした。

アマゾンはPrime Videoのコンテンツをスポーツのライブ配信にも拡大。2022年6月7日にはボクシング注目のカード、井上尚弥対ノニト・ドネア戦も独占配信する。写真は3月に開催された発表会「PRIME VIDEO PRESENTS JAPAN」より
アマゾンはPrime Videoのコンテンツをスポーツのライブ配信にも拡大。2022年6月7日にはボクシング注目のカード、井上尚弥対ノニト・ドネア戦も独占配信する。写真は3月に開催された発表会「PRIME VIDEO PRESENTS JAPAN」より

日本の成功はPrime Videoが要因

 発注した対象商品の無料配送をはじめ、200万曲が聴ける「Prime Music」、対象のKindle本が追加料金なしで読める「Prime Reading」など、十数個を数えるプライム会員特典の中で、会員拡大のけん引役として期待されているのが、Prime Videoだ。

 その背景には日本の動画配信市場全体が拡大していることも大きい。GEM Partners(東京・港)の最新の調査結果では、定額制動画配信市場は伸長を続け、2021年の市場規模は前年比19.9%増加の3862億円規模と推計。その中で、Prime Videoの市場シェアは、Netflixに次ぐ2位となっている。

GEM Partnersの「動画配信(VOD)市場5年間予測(2022-2026年)レポート」によると、定額制動画配信市場でのPrime Videoの国内シェアはNetflixに次ぐ2位
GEM Partnersの「動画配信(VOD)市場5年間予測(2022-2026年)レポート」によると、定額制動画配信市場でのPrime Videoの国内シェアはNetflixに次ぐ2位

 新型コロナウイルス禍を境に、20年以降、自宅で楽しむエンターテインメントとして動画配信が定着している。それは、アマゾンジャパンのPrime Video事業を統括するジャパンカントリーマネージャーの児玉隆志氏も実感している様子だ。

 「Prime Videoを開始した15年から数年間は、動画配信そのものを初めてご利用いただく方が大半だった。リテール部門がこれまで積み上げてきたことに加えて、視聴作品をしっかりそろえていくことで、(プライム会員が)安定的に伸びる土壌は整っていたと思うが、ここ2年で状況が変化した」と言う。その変化とは、プライム会員になった人が特典の1つとしてPrime Videoを利用するのではなく、Prime Videoを見るためにプライム会員になる人が増えたということだ。

 「プライム会員の加入のきっかけを統計的に分析すると、Prime Video利用を目的に新規加入した会員が増えていることが分かった。Prime Videoが新規加入におけるメインのドライバーになっている」と児玉氏が説明する。

 アマゾンは現在、Prime Videoを240以上の国と地域で展開しているが、その中においても「日本は非常に順調」と話す。全世界のPrime Videoの視聴者数を見ると、日本はドイツを抜き、米国に次ぐ2番目となっている。

 「非常に順調」というのは利用状況だけではない。アマゾンのサービスとして、Prime Videoだけを展開している国もある中で、日本はあらゆるプライム会員特典を用意しながら、Prime Videoを軸に新規顧客を伸ばしている。これはある種の「理想のモデル」。児玉氏は「サービスの入り口をできるだけ広くすることで、それぞれのサービスが貢献し合い、新規会員を増やす。日本はまさにその形をつくり出している」と言う。

 さらに児玉氏は説明を続けた。「入り口が多面的であることは、見方を変えれば解約防止策も多面的であるということ。動画配信ビジネスとして考えたとき、これが他社のビジネスモデルとは大きく異なる点になる」

 このモデルは、アマゾン全体のビジネスとしてのみならず、動画配信サービス単体としてみても、成功要因と考えて良さそうだ。

スポーツのライブ配信参入の狙い

 Prime Videoの利用拡大がプライム会員拡大にもつながる状況の中、アマゾンはPrime Videoのコンテンツのさらなる強化を進める。その一環として、児玉氏はスポーツのライブ配信に注力していく考えを示した。

児玉氏は3月に開催された発表会「PRIME VIDEO PRESENTS JAPAN」で、Prime Videoの戦略としてスポーツのライブ配信への注力を発表した
児玉氏は3月に開催された発表会「PRIME VIDEO PRESENTS JAPAN」で、Prime Videoの戦略としてスポーツのライブ配信への注力を発表した

 その第1弾が、2022年4月9日に配信した「Prime Video Presents Live Boxing」だ。村田諒太とゲンナジー・ゴロフキンのWBA・IBF世界ミドル級王座統一戦を独占ライブ配信した。これは、日本のプライム会員向けに、追加料金なしで提供したことに意味がある。

 「スポーツはお金を払ってでも見たいと考える人が多いコンテンツの1つ。新しい顧客にアピールできるポテンシャルが非常に高い。そう考えるのは日本だけではない。アマゾンが各国で徐々にスポーツのライブ配信を始めており、日本も取り組み始めた」(児玉氏)

 ただ、アマゾンのスポーツライブ配信への参入は決して早いほうではない。スポーツのライブ配信では、スポーツに特化した動画配信サービス「DAZN」(ダゾーン)もある。

 実際、「スポーツ中継は(メディア側に対して)放映権の獲得を長期的にコミットしている案件が多い。そのため、なかなか手を出せなかったのは事実」と児玉氏は明かす。第1弾としてボクシングに目を付けたのは、野球やサッカーのようにレギュラ―シーズン化されていないからだ。「ボクシングはその時々に強いスター選手が浮上し、対戦の組み合わせによって価値が変わる。いわば、イベント興行に近い。後発組でも入りやすく、配信向きのスポーツコンテンツの1つにある」と言うのだ。

 前述した村田対ゴロフキン戦の配信については「素晴らしいファイトを届けるために万全を期しても、何が起こるかは分からなかった。その中で、大きな配信事故もなく配信できた」と振り返る。

 テクノロジー面では、AWS(アマゾン ウェブ サービス)と何カ月も前から打ち合わせを重ねた。運用面では、サッカープレミアリーグなどスポーツのライブ配信で先行するアマゾン内の英国チームのサポートを受けた。コンテンツ面では、ボクシング興行大手の米トップランク、帝拳プロモーションとパートナーシップ契約を結び、進めていたことも明かした。

名試合となった村田諒太対ゲンナジー・ゴロフキン戦に続き、井上尚弥対ノニト・ドネアの再戦を独占配信する
名試合となった村田諒太対ゲンナジー・ゴロフキン戦に続き、井上尚弥対ノニト・ドネアの再戦を独占配信する

 早くも第2弾を用意する。22年6月7日にさいたまスーパーアリーナ(さいたま市)で行われるボクシングの一戦。WBA世界バンタム級スーパー王者、IBF世界バンタム級王者の井上尚弥と、WBC世界バンタム級王者のノニト・ドネアが再戦するWBA・IBF・WBC世界バンタム級王座統一戦を独占でライブ配信する。ボクシングファンを含め、広く関心を集めているこの試合で、新規顧客獲得を狙う。

総力戦略で新規顧客獲得

 約1万タイトルを数える映画やアニメ、ドラマ、バラエティーの作品選定においても、児玉氏は新規顧客の開拓を念頭に置く。第1に上げたのが映画だ。作品を入れ替えながら、一定の配信本数を維持。世界配信権を獲得した作品からローカルで独自に買い付けた作品まで、常に新しい作品を用意し、「ライトユーザー」を中心とした映画ファンの獲得に注力する。

 その理由について児玉氏は、日本の視聴傾向からみた映画の強みを挙げた。「1タイトル約2時間で完結する作品が多い映画は、(ドラマなどよりも)ライトユーザー層向きだ。数十話ある韓流ドラマや海外ドラマを楽しんでもらっているコア層を引き続き大事にしながら、ライトユーザーにいかに満足してもらえるのかを考えた映画作品を提供していきたい」(児玉氏)

 独占配信を前提とした日本オリジナルの作品も拡充する。22年内および23年に配信を予定している作品は全6本。すでにPrime Videoで人気のシリーズ「ザ・マスクド・シンガー」や「バチェロレッテ・ジャパン」の新作に加え、バラエティー番組の「風雲!たけし城」復活版や、米ニューヨーク・タイムズ紙のコラム「Modern Love」に投稿されたエッセーを基にしたドラマ「モダンラブ」の日本版など新たな企画もそろえた。

 これら日本発のオリジナル作品群は「ここからが勝負」と児玉氏。「日本のコンテンツはアジアで人気を得やすい。(アマゾン)オリジナル作品ではないが、例えば、全世界に配信した映画『シン・エヴァンゲリオン劇場版』も、最も視聴された地域はアジアだった。日本の作品は、日本でまず火が付き、次にアジアという流れになる。今、世界的に人気のある韓流もアジア市場からブームに火が付いた。アマゾンとして、日本からアジアへ、そして世界へとクリエイターのチャンスを広げる役割も担いたい」と話す。

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 さらに、スポーツのライブ配信、日本オリジナル作品と併せてアマゾンが期待を掛けるのが、「Prime Videoチャンネル」だ。Prime Videoチャンネルとは、プライム会員の利用料に追加料金を払って登録すると利用できるサードパーティーの動画配信サービス。Prime Videoのオプション的な位置付けにすることで、各サービスの契約の手間が軽減できるのがユーザーのメリットだ。現在の利用可能チャンネルは「J SPORTS」や「dアニメストア」「NHKオンデマンド」など57に上り、順調に伸びているという。

 Prime Videoチャンネルを展開する理由について、児玉氏は、定額制モデルの中でコンテンツをそろえるだけでは、ユーザーニーズに応えるにも「限界がある」と説明した。Prime Videoでカバーできない作品は、チャンネルや個別のレンタルを通じて提供し、「顧客の選択肢を増やしていく」ことの必要性を説く。

 プライム会員の拡大策として始まったPrime Videoは今やそれ自体が有力なサービスとなり、配送料無料などの他の特典と相まって相互に会員獲得、解約防止のツールともなっている。動画配信だけではない、総力戦で戦うPrime Videoの策は、動画配信サービス市場が定着期から競争期へと移った今、より有効な手にも見える。

(写真提供/アマゾン・ジャパン)

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