AIってそういうことか! PFN式活用法 第1回

AI(人工知能)スタートアップのトップランナーであるPreferred Networks(プリファードネットワークス、PFN)が“文系”ビジネスパーソン向けに総力を挙げてつくり上げた書籍『AIってそういうことか! ビジネスの現場で使えるPFN式活用法』(日経BP)。ここではその連動企画として、PFN共同創業者の西川徹氏と岡野原大輔氏へのインタビュー「なぜビジネスにAIが必要か」の一部を紹介する。テーマは「リテール(小売り)のDX(デジタルトランスフォーメーション)」について(聞き手はPFN最高マーケティング責任者の富永朋信氏)。

2022年9月12日に発行された『AIってそういうことか! ビジネスの現場で使えるPFN式活用法』(西川徹、岡野原大輔ほか著、日経BP)
2022年9月12日に発行された『AIってそういうことか! ビジネスの現場で使えるPFN式活用法』(西川徹、岡野原大輔ほか著、日経BP)。Preferred Networks(PFN)のビジネスパーソン向け研修プログラム「AI解体新書」のエッセンスを凝縮
西川 徹 氏(右)
PFN最高経営責任者
1982年、東京都生まれ。2005年、IPA未踏ソフトウェア創造事業にて1テーマ採択。06年、Preferred Infrastructureを創業。07年、東京大学大学院情報理工学系研究科修士課程修了。13年、情報処理学会ソフトウエアジャパンアワード受賞。14年、Preferred Networksを設立、代表取締役社長に。20年より現職。著書は共著による『Learn or Die 死ぬ気で学べ プリファードネットワークスの挑戦』(KADOKAWA)がある

岡野原 大輔 氏(左)
PFN最高研究責任者
2010年、東京大学大学院情報理工学系研究科コンピュータ科学専攻博士課程修了(情報理工学博士)。大学院在学中の06年に西川徹氏らと共同でPreferred Infrastructureを創業。14年にPreferred Networksを設立。現在はPreferred Networks代表取締役最高研究責任者とPreferred Computational Chemistry代表取締役社長を兼任。受賞歴は未踏スーパークリエータ、東京大学総長賞、言語処理学会優秀発表賞など。研究分野は深層学習、自然言語処理、データ構造、データ圧縮など。執筆は「日経Robotics」で「AI最前線」を連載(15年より毎月)など

富永朋信氏(以下、富永) 私がリテールのマーケティング責任者を務めていたときにDXの提案をよく受けていたのですが、だいたいが何の面白みもないCRM(顧客関係管理)の提案なんです。ID-POS(顧客ごとの購買データ)と買い合わせを分析し、もっとこういうクロスセルをしようよ、みたいな話。そういう提案をしてくる人って、リテールの中にあるデータはID-POSくらいしかないと思っているわけです。

 でも本当にそうかと。人や商品の動きなど、店頭であらゆるデータが取れるとしたら、ものすごい機運が生まれるわけです。ただ、普通に買い物をしていると、店頭はいつもの景色でしかないので、それを貴重なデータだと思うことは、人間のバイアス(思い込み)から難しい。そこで、AIシステムが「これが一番大事なデータだ」と教えてくれるみたいなことはできませんか。

富永 朋信 氏
PFN最高マーケティング責任者
日本コカ・コーラなどでマーケティング関連職務を、ドミノ・ピザ、西友など4社でマーケティング部門責任者を歴任。社外ではイトーヨーカ堂のアドバイザー、厚生労働省年金局年金広報検討会構成員、内閣府政府広報室政府広報アドバイザー、駒沢大学非常勤講師などを務める

岡野原大輔氏 完全な回答ではないですが、短期的には今はまだ取れていないデータを、AI技術を使ってどんどん取っていき、コンピューターが使える形にしていくことがあります。

 DXに限らず、数値最適化を目指す場合の最大の問題は、今取れているデータだけで最適化しても、局所解にしかならないこと。たいていは、最も重要なデータが数値化されていないところが問題なのです。取れているデータは、本当に達成したいことの近似値でしかない場合が多い。今は技術が進歩したおかげで取れなかったデータが収集できるようになったので、それをどんどん進めていく。

 これはリテールだけではなく、ほかの分野でも同じです。例えば、今私が取り組んでいるヘルスケア領域はまさにそれで、これまでは全く取れない、もしくは取るのにコストがすごくかかる体内データがだんだん取れるようになってきた。これによって、人が食べたり運動したりしたことによる体内の変化をデータで把握できるようになり、できることが変わってきました。

 一方、長期的にいうと、究極的に何を改善すればいいか、例えばリテールでいえば顧客がもっと楽しめて幸せになり、結果として売り上げが上がるようにするにはどうすればいいかといった話は、人間がかなり介入していかないといけないでしょう。ただそれをゼロから設計するよりは、AI技術をうまく使ったほうがやりやすくなると思います。

富永 どれだけコンピューターの性能が上がったとしても、世の中の全ての情報をやみくもにデータとして記録することはできません。そこで、どこにフォーカスすべきかを見極めるときにコンピューターが助けてくれたらいいなと。

西川徹氏 人間のシミュレーションみたいなものが、もっと多くできるようになればいいですね。まずはいろいろなデータを入れてみて、人間がどういう反応をするのかという多種多様なデータから、人間のモデルをつくっていく。そのモデルを仮想世界のリテールストアに置いてみて、何に反応しているのかをデータとして蓄積する。ビジュアルでも匂いでもシミュレーションできるようになると思います。なので、そういったものを用いながら、現実世界を精緻にシミュレーションしていくのが肝要かなと。

 デジタルを生かしてリテールを伸ばしたい場合でも、中心にあるのはやはり人間だと思うんです。人が店に行って、その場の空間を肌で感じる。重要なところは本当に細部に宿ると思っていて、POSデータはあくまで最終的に買った商品のデータでしかありません。

 その人が店内のどこを通ったのか、何を見たのか、どうやって見たのかなど、かなり細かくシミュレーションしないといけないですし、計算量はかかりますが、やるべきだと思います。

 そこから何が重要なデータなのかを見極め、そのデータを重点的に集めていくフェーズになります。まずはサンプリングでもいいので、多種多様なデータを取れるようにすることが重要です。その意味で映像は非常にいい情報ソースになります。

 映像や言葉は非構造化データと呼ばれ、扱いにくいとされています。例えば、医師が書いたカルテは構造化されていないケースが多く、AI技術を活用する場合はレセプト(診療報酬明細書)やPHR(パーソナルヘルスレコード)といった構造化されたデータが好まれますが、実は非構造化データを読み解く技術が発達してきています。

 そうなると、構造化されていないデータをいかにため込むかが重要で、ため込んだ上で精緻化した人間のモデルにそのデータを当てることを繰り返していく。現実世界を精緻に理解するためには、構造化されたデータだけでは情報量が圧倒的に足りないことを認識しておくべきだと思います。

(写真/的野弘路)


『AIってそういうことか! ビジネスの現場で使えるPFN式活用法』

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 本書はさまざまな事業分野で深層学習を課題解決に役立てるための、本質的で応用可能な思考法を身につけるためのものです。第1章では、AI技術で本質的に何ができるかという“WHAT”について、「3つの力」に分けて説明します。第2章では、機械学習・深層学習がどのような仕組みで動いているのかという“HOW”について、プログラミング言語や数式を使わず、例を挙げながら解説。第3章では、PFNが実際に手掛けた事業現場への応用例を、第4章では「AIの未来」について紹介します。そして最終章では、そもそもなぜビジネスに「AI」と呼ばれる技術が必要なのか、という根本的な“WHY”について、インタビュー形式で明らかにしています。

 本書をお読みいただければ、機械学習・深層学習・強化学習や、それらの機能である認識や生成、制御などを「AI」と一緒くたにして議論することがビジネスの現場ではあまり意味をなさないことがお分かりいただけるでしょう。ビジネスパーソンの皆さんにとって、本書が「AI」の本質的な原理やメリット、限界を知り、ビジネスの現場でいち早く役立てるための一助となれば幸いです。

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