米国のテレビ業界で、テレビ視聴の「測定」に関する議論が白熱している。2021年9月にはある“事件”が話題を呼んだ。視聴測定を独占していた米ニールセンが、測定方法に問題があるという指摘を受け、一時的に認定を停止されたのだ。米国のテレビ放送は1941年に誕生し、50年代には機械式の視聴率測定が既に登場していた。ところが、測定技術や手法は十分に進化できていないという議論がある。事件をきっかけに米国では、視聴測定に変革の波が急速に押し寄せている。

(写真/Shutterstock)
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 21年9月、米国のテレビ業界に衝撃が走った。米メディア測定評議会(MRC=メディア・レイティング・カウンシル)が、米国でテレビ視聴測定を独占していた調査会社ニールセンの認定を一時的に停止したのだ。

 認定は許認可や免許制度とは異なるため、一時停止したからといって測定事業が行えなくなるわけではない。新たに参入してきた測定事業者の中には、現在もMRCの認定を受けていない場合も多い。しかし、長く米国のテレビ視聴測定をほぼ1社で支え、テレビCMの広告料金を決定する「基準通貨」ともいわれるニールセンの認定が一時的とはいえ、失われたことは非常に大きな出来事であった。

 ニールセンが認定を停止された最大の理由は、米テレビ業界団体であるVAB(ビデオ・アドバタイジング・ビューロー)による申し立てだ。ニールセンの測定方法に問題があると、強く指摘したのだ。

 その根拠は、20年以降の視聴データにある。新型コロナウイルス感染症拡大によって、米国でも大規模な外出自粛が広がった。こうした中、テレビ業界ではテレビの視聴時間が増進するかと期待されていたが、ニールセンのデータでは逆に大きく減少する結果となった。VABはここに強い異議を唱えた。

 もちろんニールセン側にも言い分はある。パンデミック下における行動制限の中では、本来は常時実施している対象世帯の精査や必要な調査パネルの入れ替えなどが十分には行えなかったと主張する。

 しかし、VABが問題視した期間の視聴率測定に、影響は軽微であるが「過小評価」があったことは認めることとなった。ここ数年でリアルタイムなテレビ視聴以外に、ストリーミングによるテレビコンテンツ視聴などが急速に増加する中で、視聴測定が従来方式のままでいいのか、広告料金を決定する基準通貨として正しいのか、という議論は各所で行われていた。その不満がテレビ局側から一気に噴出する形となった訳だ。

 これまで幾度となくテレビ広告ビジネスにおける「新基準の必要性」が叫ばれてきた。ところが、都度その議論が沈静化するのには、テレビ取引の仕組みにも理由がある。

 米国では毎年9月中旬からテレビ番組の新シーズンが始まり、翌年の5月下旬で終了する。日本で例えれば、4月と10月にある2回の番組改編期が米国では年に1度ということだ。各テレビ局は、その約8カ月間のレギュラーシーズンを「アップフロント」と呼ばれる事前セールスでテレビCM枠を売り切ることになる。

 アップフロントは例年3月ごろから5月にかけて行われる。そのため、新基準の必要性に対する議論はこのアップフロントの前に熱が高まり、アップフロント終了と同時に収束する、ということを毎年繰り返してきたのだ。しかし、今回は少し様相が異なりそうだ。

テレビ視聴測定はなぜ独占されたのか

 まず、テレビ視聴率測定方法の歴史について、ざっとおさらいしておきたい。1940年代後半に開発され、50年代から使用されたテレビ用の「オーディメーター」は、家庭内のテレビ電源のオンオフ、どのテレビ局が見られていたかを機械的に自動で記録する方法で、いわゆる世帯視聴率を算出する。これに「誰が何を見ていたのか」を日記式(手動)で記録することにより個人視聴率を補完していた。しかし、テレビ広告に多額の費用を投じる広告主からは、より正確で、詳細な測定調査を求める声が根強く上がっていた。

 現在まで続く「ピープルメーター」と呼ばれる機械式による個人視聴率測定方法は、80年代前半に英国のAGB(オーディッツ・オブ・グレート・ブリテン、現カンターTNS)が最初に開発したといわれている。米国でも80年代半ばに入ると各調査会社が独自に開発したピープルメーターによって個人視聴率が測定されるようになった。

 87年からは広告取引の基準も世帯視聴率から個人視聴率に取って代わっている。しかし、機械式の個人視聴率測定はそれまでの調査方式と比べ、設備などがより複雑化し、費用面での負担も大きくなった。最終的なデータの買い手がテレビ局や広告会社などに限られる視聴測定の市場では、複数社が採算を合わせることは非常に困難であった。

 その結果、米国でのテレビ視聴率測定は90年代前半に米アービトロンが市場から撤退して以降、ニールセンのほぼ1社独占状態となっていった。そのアービトロンも13年にニールセンに買収された。

 ちなみに日本でも90年代半ばよりピープルメーター方式による個人視聴率測定のテストが開始され、90年代後半にはビデオリサーチとニールセンの2社によって測定データが提供された。しかし、逆にニールセンが00年に日本のテレビ視聴率市場からは撤退することになった。国内で個人視聴率が取引基準としても使用されるようになったのは、米国より約30年遅れた18年からと、つい最近のことである。

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