長年、大手企業のマーケティング支援に携わってきたトライバルメディアハウス(東京・中央)代表取締役 池田紀行氏の書籍『売上の地図 3万人を指導したマーケティングの人気講師が教える「売上」を左右する20のヒント』が2022年6月20日、発売された。本書の内容を抜粋してお届けする本連載の第1回では、20個の説明変数で構成される「売上の地図」を公開。20要素の本論に入る前に、売上を2分類する見方、捉え方について学ぶ。

新刊『売上の地図 3万人を指導したマーケティングの人気講師が教える「売上」を左右する20のヒント』(池田紀行著、日経BP)2022年6月20日発行
新刊『売上の地図 3万人を指導したマーケティングの人気講師が教える「売上」を左右する20のヒント』(池田紀行著、日経BP)2022年6月20日発行

 例えばあなたが日用品の大手メーカーに勤務していて、2カ月前に発売したヘアケア用品Aの売れ行きが好調だったとする。あなたは売れている要因を的確に言い当てることができるだろうか。一方、同じころに発売したボディーケア用品Bの売れ行きはどうも思わしくないようだ。あなたは売れていない理由を挙げられるだろうか。

 特に大企業が展開する商品・サービスの売上には、数多くの要因が絡んでいる。そして、売上を上げるために、各社、複数の部署が数多くの施策を同時に講じている。この場合、商品力や広告など売上に影響を与えている要因が「説明変数」で、それを受けて発生した売上が「目的変数」となる。大企業の売上は、膨大な数の説明変数が影響を与えている。これが、大企業のマーケティング効果測定やROI(投資利益率)検証を難しくしている要因である。

 書籍『売上の地図』では、売上に大きな影響を与える20個の説明変数を取り上げている。以下の図が、「売上の地図」である。

 20個の説明変数は、それぞれが単独で存在・機能しているのではなく、相互に関連しあって売上に影響を与えている。マーケティングのゴールを「買ってもらうこと」と単純化した場合、重要な要素は2つに集約できる。ブランド想起のされやすさ(メンタルアベイラビリティー)と、買い求めやすさ(フィジカルアベイラビリティー)だ。

買ってもらうための2つの「しやすさ」
買ってもらうための2つの「しやすさ」

 お昼時に弁当を食べる際、「お茶を買っておこう」と思ったら、数ある緑茶飲料ブランドの中からあなたの頭の中で何が思い浮かんでいるか? より多くの人の頭の中に真っ先に浮かぶ第一想起ブランドは、やはり強い。買い求めやすさについては、大手飲料メーカーの緑茶飲料なら大半のスーパーやコンビニエンスストアで購入できるだろう。自動販売機やECも含めて買い求めやすい環境を整える必要がある。

 想起のされやすさに関係する説明変数はそのまま「3.想起」、買い求めやすさに関係する説明変数は「2.売り場」である。多くの変数はこの2つの変数を向上させる役割を果たす。

 本連載第1回では、20個の説明変数の各論に入る前に、売上を2分類する見方、捉え方について、学んでおきたい。以下の4つだ。

・コントローラブルとアンコントローラブル
・2つの売上:「トライアル購入」と「リピート購入」
・プリマーケティングとポストマーケティング
・2つの時間軸:短期と中長期

コントローラブルとアンコントローラブル

 売上はおおむね下図のように“分解”できる。

メーカーの売上がつくられる構造
メーカーの売上がつくられる構造

 このうち、自社の努力でコントロール可能な変数はどれだろう。例えばシャンプーの場合で考えるとこうなる。

・人口:コントロール不可能
・認知率:「12.広告」や「13.PR」などの努力によって向上可能
・購入率:「2.売り場」の開拓や「15.店頭販促」などで向上可能
・購入個数:消費者の使用量や使用頻度に規定されるため、ほぼコントロール不可能
・購入頻度:同様にほぼコントロール不可能
・購入単価:「19.価格」設定とマーケティング努力によってある程度コントロール可能

 このように整理すると、メーカーの売上を規定する6つの要因のうち、自社の努力でコントロールできるのは3つ。認知率、購入率、購入単価だけだ(※「朝シャン」ブームの創出で使用頻度を増やした例はあるが、多くの業界・企業で恒常的に取り組めるものではないため、例外とする)。

 自社の努力でコントロールできないものに一喜一憂しても仕方がない。自社商品の売上を規定している要因のうち、コントロール可能なものを整理・理解し、注力すべきポイントにフォーカスしたい。

2つの売上:「トライアル購入」と「リピート購入」

 売上には2種類しかない。トライアル購入とリピート購入だ。「買う前に買いたいと思わせるコンセプト力」がトライアル購入を規定し、「買ったあとに買ってよかったと思わせるパフォーマンス力」がリピート購入を規定する。

 マーケティングコンセプトハウス創業者の梅澤伸嘉氏は、コンセプト力(C)とパフォーマンス力(P)のバランスで売上が決まる「C/Pバランス理論」を提唱し、「消費者は2度評価する」と定義している。

 CとPの両方が強ければ、多くのトライアル顧客がリピート購入するため、売上は理想的な右肩上がりを示す。Cが強くPが弱いと、初動は良いが後が続かない。反対にCが弱くPが強いと、時間はかかるが徐々に売上は伸びてくる。ただし実店舗の商品棚は競争が激しいため、出足が低調だと棚から弾かれてしまう。EC(電子商取引)サイトなどでしか実現しにくくなっている。

プリマーケティングとポストマーケティング

 トライアル購入とリピート購入をマーケティング視点で見ると、「買ってもらうまでのマーケティング(プリマーケティング)」と「買ってもらってからのマーケティング(ポストマーケティング)」に分類できる。

プリマーケティングとポストマーケティング
プリマーケティングとポストマーケティング

 一度買ってくれた顧客に繰り返し買ってもらうには、「1.商品」力のみならず、「10.ロイヤルカスタマー」に導くCRM(顧客関係管理)施策や、ファン向けのコミュニティー、イベント企画などが重要になる。

2つの時間軸:短期と中長期

 施策が売上につながるまでには、2つの時間軸がある。短期(すぐ効く)と中長期(そのうち効く)だ。短期は今日の売上づくりに、中長期は明日の売上づくりに該当する。

 例えばドライヤーが壊れたとき、テレビをつけてドライヤーのCMが流れるのを待つ人はいない。ニーズが顕在化した瞬間、人が取る行動はネット検索である。したがってメーカー側は、検索エンジンで待ち構えていることが、最も効率的に顧客を獲得することにつながる。顕在化したニーズを効率的に収穫する短期の施策では、費用対効果が厳しく問われる。

 一方の中長期は、潜在顧客を効果的に育成する施策である。来月、来年、3年後、5年後のための“種まき”といえる。この種まき施策を積み重ねることで、消費者の頭の中に無意識のうちに入り込んでいるさまざまな情報が、「9.ブランド」イメージを形成し、必要が生じたときに「3.想起」されやすくなる。「今すぐ客」の獲得と「そのうち客」の育成。どちらが重要という話ではなく、バランスが重要なのだ。

 次回から、売上に影響を与える20個の説明変数の各論に入っていく。


書名:『売上の地図 3万人を指導したマーケティングの人気講師が教える「売上」を左右する20のヒント 』(日経BP)
著者:池田 紀行
定価:2200円(税込)
発売日:2022年6月20日
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