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 住友生命保険は現在、DX(デジタルトランスフォーメーション)人材の育成を推進している。その活動の中心で、DXを起こすこととその方法について現場で試行錯誤してきた筆者が、「現場DX」の勘所を分かりやすく説明する。今回は第2シリーズとして、DX実務で感じたこと、役に立つ考え方などを紹介する。当事者としてかなり具体的な、時に生々しい話をしたいと思っている。

 筆者はこの数年、社内外で年間40回ほどDX関係の講義、セミナー、研修などを行っている。参加者からよく聞かれることの1つに「DXプロジェクトを成功させるためには何が重要か?」というものがある。

 その問いには、「顧客価値を強く意識すること、常に考え続けること」と答えている。消費者や顧客が直接スマートフォンで使うシステムをつくった経験が乏しかった筆者は、恥ずかしながらそれまで顧客価値を常に考え続けることはなかった。しかし、今では顧客価値がDXで最も重要だと思っている。

 DXプロジェクトを5年以上経験した現在、DXとは「データ、デジタル、ビジネスの仕掛けを使った経営改革」と考えている。DXというと、データやデジタル技術といったテクニカルな面だけが重要だと思いがちだが、そうではない。それらは手段にすぎない。

 重要なのは、まず「顧客価値」をとことん考えることである。それを具現化する手段としてデータやデジタル、ビジネスの仕掛けを考える。これで有用なシステムが実装されるのだ。事例で説明しよう。

ひげそり製造販売A社の顧客価値とは

 「ひげそりの新興企業」はDXの事例として有名なので知っている人も多いかもしれないが、顧客価値とデータ、デジタル、ビジネスの仕掛けの関係を理解する好例なので最初に紹介したい。ひげそり本体とその替え刃を会員制のサブスクリプション(顧客による定期購入方式)で提供する米国の新興企業A社がある。

 ひげそりのサブスクを試したい人はA社の会員になり、ひげそり本体と替え刃を購入する。消耗品の替え刃は定期的に会員に宅送される仕組みで、会員は店舗に出向いて替え刃を毎回買う手間がなくなる。また、大手ひげそりメーカーの製品よりも低価格で替え刃を購入できる(なぜかは後述する)。

 A社のビジネスに資するシステムをどう設計すればよいだろうか。注意すべきは、データやデジタルというテクニカルな部分だけに着目しないことである。それでは良いシステムが設計できないからだ。

 A社のシステムにはスマホを使って会員登録の画面から、連絡先や料金の決済手段を登録してもらう機能が必要になる。この場合、従来のシステム開発に慣れてしまっている人は、最初からスマホの登録画面デザインや、入力項目を収容するデータ構造にフォーカスしてしまう。必要な入力項目であるメールアドレスや携帯番号、氏名、住所、商品の種類、定期配送の頻度、決済方法やカード番号をどう設計しようかという具合だ。

 もう少し勉強した人なら、会員登録や注文処理に必要な入力が面倒でないようなUI(ユーザーインターフェース)/UX(ユーザーエクスペリエンス)に気を付けるだろう。しかしここまでで終わってしまう。これでは、DX型プロジェクトを担当する人材としては不十分だ。

顧客価値によってシステムは決まる

 DXプロジェクトでは、これまでのビジネスを根本から変えるような経営目的を伴うことが多い。A社も同様である。A社は競合となる大手ひげそりメーカーから顧客を奪う必要がある新興企業だ。大手をディスラプト(従来のやり方を破壊する意)するために経営をするから、目的は「大手ひげそりメーカーから顧客を奪い、自社に取り込んで離さないこと」である。これが経営目的達成上の命題になる。

 では、大手メーカーの顧客を自社に呼び込む手段はどうしたらよいか。思い出してほしいのは顧客価値である。A社が提供すべきひげそりの顧客価値は、大きくは1)ひげそり自体の品質が大手メーカーと比べて同等かそれ以上に良い、2)大手よりも低価格、3)会員登録や注文のしやすさ、4)商品の価値がすぐ分かる広告である。

A社の顧客価値として考えられること
1.ひげそり自体の品質が大手と同等または良い
2.大手よりも低価格
3.会員登録や商品注文のしやすさ
4.商品の価値がすぐ分かる広告 

 順に説明しよう。