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 KDDIはメタバース(仮想空間)の開発や活用に関するガイドライン「バーチャルシティガイドライン ver.1」を策定し、2022年4月22日に発表した。渋谷の街並みを再現した「バーチャル渋谷」を2020年から運用するなど先行して豊富な知見を積み重ねてきた同社がわざわざノウハウを開示するかのような動きに出た背景には、危機感がある。多様な事業者の参入が相次ぐなかで利用者が十分な体験価値を得られない、いわば「劣化版の現実」といったメタバースが増えてしまえば、市場が健全な発展を遂げられないというものだ。同社はバーチャル渋谷などの運営を通じてどんな課題を感じ取り、ガイドラインで何を伝えようとしているのか。

「バーチャル渋谷」では、仮想空間に渋谷の街並みを再現する
「バーチャル渋谷」では、仮想空間に渋谷の街並みを再現する
(出所:KDDI)
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 バーチャル渋谷は、仮想空間で渋谷の街並みを再現している。利用者はメタバースのプラットフォームを提供するアプリ「cluster」を起動することで、場所や時間を問わずバーチャル渋谷にアクセスできる。利用者はアバターの姿で仮想空間のハロウィーンやクリスマスなどのイベントに参加したり、他の利用者とコミュニケーションを取れたりする。仮想空間で開催されるライブ中の「投げ銭」やグッズ購入により、仮想空間で経済活動も生まれる。

 KDDIはバーチャル渋谷のように、メタバースの中でも特に「都市連動型」と同社が位置づける領域で豊富なノウハウを積み重ねてきた。ここでいう都市連動型とは、単に実在都市の景観を仮想空間上で再現するだけではない。実在都市から公認を受け、仮想空間と実在都市を機能的、経済的に連動させることが特徴だ。

メタバースを拡張した「都市連動型」メタバース
メタバースを拡張した「都市連動型」メタバース
(日経クロステック作成)
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 そこで、今後メタバースに参入する事業者などに向け、バーチャル渋谷設立の経緯から開発、運用の論点までを明文化したガイドラインを策定した。

 バーチャル渋谷などの運営に携わってきたKDDI事業創造本部ビジネス開発部の川本大功氏はその経験から「メタバースは都市が抱える課題を解決する手段となる」と話すなど、都市連動型メタバースに大きな意義を感じている。だが、そうした意義を実現するのは容易ではない。立ち上げた当初は「都市連動型メタバースの先例がほぼなかった」(川本氏)といい、実際の運用でも事業の開始前に想定し得なかった苦労があったという。

 今後都市連動型メタバースに参入する事業者がKDDIと同様の苦労に直面するようなことがあれば、メタバース市場の発展もスムーズにいかなくなってしまう。川本氏は「(今後の参入事業者が)バーチャル渋谷のノウハウを記したガイドラインをベンチマークにすることで、メタバース市場がより盛り上がれば」と、自社で得たノウハウを業界全体に開示する狙いを話す。