新規参入ぞくぞく“自販機大国ニッポン”

新規参入ぞくぞく“自販機大国ニッポン”
ボタンを押すだけで選んだ商品が手軽に買える自動販売機。コロナ禍をきっかけにその役割が見直されつつあります。新たな技術の活用や異業種の参入が相次ぐ“自販機大国ニッポン”。その可能性を探りました。(経済部記者 山根力 保井美聡)

自販機がコスメを「おすすめ」

今月、東京 新宿のコスメショップにお目見えした、アイシャドウを扱う自動販売機。

自販機といっても、客にボタンを押されるのをただ待つだけではありません。実はAI=人工知能が搭載されていて、備え付けのカメラで買い物客の顔の形や、目鼻の位置・大きさなどをその場で解析。
その人に最も適した色合いの商品を全26色の中から4色「おすすめ」してくれるのです。

色の組み合わせはおよそ35万とおり。若い女性を中心に人気を集めています。
開発したのは大手印刷会社です。

インターネットの普及などで紙媒体の需要が縮小し、デジタル化への対応を急ぐ中で、最新のIT技術を自販機に生かすビジネスを着想。2025年までに全国で100台の設置を目指しています。
徳良銀さん
「コロナ禍で非接触が求められる中でも、一人一人に合わせた商品を提案ができるのが特徴です。今後、さまざまな場に広げていきたい」

アメリカ発 あつあつラーメン自販機

最新技術を駆使した自販機ビジネスには、アメリカのベンチャー企業も参戦。

先月、都内のイベントで披露されたのは、ラーメン専用の自販機。冷凍された全国各地の味のラーメンを高温の蒸気で一気に解凍し、注文から90秒であつあつの状態で提供します。
麺の硬さも、加熱する時間を変えることで調節可能です。

2019年にアメリカで実用化されると、ホテルや病院、工場など24時間営業の施設を中心に普及が進み、これまでに20万食以上を売り上げました。日本では現在、羽田空港第2ターミナルに設置されていて、年内に全国で250台の普及を目指しています。
アンディ・リンCEO
「これはただの自販機ではなく、調理ロボットだと思っている。24時間稼働している施設や工場でも人を雇うことなくいつでも温かい食事を提供でき、日本の市場でも十分需要はあると考える」

苦境の自販機市場、その中で…

道ばた、オフィス、駅…全国の至る所で見かける自販機。日本は、人口や国土の面積に対する自販機の普及率で世界一の”自販機大国”です。
ところが、その自販機が、日本から徐々に姿を消しつつあることは、あまり知られていません。

自販機の製造メーカーなどでつくる業界団体「日本自動販売システム機械工業会」によれば、国内の自販機の普及台数は、ピークだった2000年に560万台だったのに対し、去年は400万台と、この20年余りでおよそ3割、160万台も減少しました。

人口の減少やコンビニの普及、人手不足による商品補充の難しさに加え、最近ではネットショッピングや宅配代行サービスといった新しいサービスも台頭。ライバルの増加で、事業環境は厳しさを増しているのです。
ただ、苦境の自販機市場にあって伸びているのが食品の分野です。シェアは小さいものの、長らく7万台前後を維持し底堅い需要がありました。

そうした中での、新型コロナの感染拡大。対面での接触を控える動きが広がる中、需要が伸び、去年は7万2800台と、前の年より2800台増えました。

業界の関係者も、食品自販機は今後も伸びしろがあるのではと話します。

異例の大ヒット食品自販機

食品自販機の導入が広がった背景の1つに、新型自販機の開発がありました。

大手自販機メーカーが開発した、利便性を高めた冷凍の食品自販機が、去年1月の販売開始からわずか1年で3000台を売り上げる、異例の大ヒットとなったのです。

従来の冷凍食品向けの自販機は、ストッカーと呼ばれる商品を収めるスペースに、特定の形や大きさの商品しか扱えないという”弱点”がありました。
しかし最新型は、内部のストッカーの幅や大きさを誰でも簡単に調節できるよう改良したことで、あらゆる種類の商品を1台の自販機で扱うことを可能にしたのです。
木村部長
「新型食品自販機の導入で、消費者が飲食店のオリジナル商品を自販機で買って好きな時に食べられるというスタイルが根付いてきた。可能性はまだまだある」

自販機でキャビア!?

新型自販機の登場は、取り扱える食品の幅を格段に広げました。

東京 品川の国道沿いに並ぶ10台の自販機。売られているのは、本場のたこ焼きに韓国料理といったさまざまなジャンルの食品です。
さらに、5000円のキャビアや、2000円の宮崎牛といった、高級食材まで置かれています。

幅広い品揃えで評判を呼び、設置業者によると、この場所だけで月500万円以上売り上げているといいます。
実は、食品自販機の普及には、内部の改良に加え、もう1つ重要な要素がありました。それは「キャッシュレス決済」です。

最近の自販機は、電子マネーをかざしたり、QRコードを読み取ったりして、現金を使わずに買い物できますが、このキャッシュレス決済の普及こそ、これまで自販機での販売が難しかった高額商品の取り扱いを可能にしたといいます。
実際、取材したこの日も、キャッシュレス機能を使って2000円を支払い、和牛を買う客の姿が見られました。
確かに、道ばたの自販機でお札を一度に何枚も投入するような場面に出くわすことは、めったにありません。しかしキャッシュレスなら、千円単位の買い物も、瞬時に「ピッ」で終わります。

同じ金額でも、千円札を何枚も投入するより支払いに対する消費者の心理的な壁が低くなるほか、現金の取り扱いが減ることで防犯上のリスクも少なくなるというのです。
内藤社長
「千円札が5枚も財布にないときもあったりするので、手軽に買えるという点に着目しています。スーパーやコンビニでは売っていないような価格帯のおいしいものを、価格は少し高くても置いていこうと思います」

市場開拓に自販機活用

食品自販機に特に期待を寄せるのが、コロナ禍で打撃を受け、新たな販路を模索する飲食業界です。

こうした飲食店向けに、自販機を使った市場調査という、新たなサービスに乗り出す企業も出てきました。

自動車部品メーカーなどに切削工具を販売している名古屋市の会社です。EVシフトの流れを受けて、今後、本業の仕事が減ることも懸念される中、自販機を使った新たなビジネスを思いつきました。
会社では先月、200万円をかけて東京 新宿の食器店の店頭に食品自販機1台を設置しました。

東京進出など事業の拡大を検討している、名古屋で人気の3つの飲食店に声をかけ、手羽先やひつまぶし、それに赤味噌を使った牛すじ煮込みといった“名古屋めし”を販売しています。

飲食店から受け取る手数料は毎月1万6000円で、商品の売り上げはすべて飲食店に入ります。

しかし、ただ商品を売るだけでは、売れた個数はわかっても、誰がなぜ買ってくれたのかわかりません。

そこで、買った人に接触するための、ある仕掛けを設けました。
商品には、設置先の食器店のマグカップなどと交換できる引換券が入っていて、購入した客は、店の中で景品を受け取ることができます。

そして客が景品を引き換えに訪れた時に、食器店の店員が自販機で買った商品について「量が少ない」「値段が高い」「味が濃い」などといった感想を聞き出し、性別や年代の情報とともに記録していきます。
こうして集めたデータや情報は、売れ筋などを分析したうえで毎週、飲食店に伝えられ、新商品の開発などに役立てられるのです。

コロナ禍の飲食店も期待

サービスを利用している、名古屋市内にある昭和20年創業の老舗飲食店です。

赤味噌を使った牛すじ煮込みやとんかつなどが人気ですが、コロナ禍をきっかけに、販路の多様化の必要性を感じ、東京への進出も検討しはじめました。
加藤総料理長
「コロナで本当にどん底まで落ちたので、やれることはやってみようと思い参加した。私たちが直接自販機を設置するわけではないのでリスクも少なく、事業の拡大を検討しているほかの飲食店にも利用が広がっていくのではないか」
サービスを提供する会社によりますと、名古屋市内の飲食店が東京で新しい店をオープンさせようとすると、5000万円ほどの初期投資が必要で大きなリスクを伴います。

一方、自販機を使った市場調査から始めれば、そうした投資のリスクなしで自分たちの料理が受け入れられるかを見極められるということです。

今後、東海地方を中心にほかの飲食店にも声を掛け、都内での自販機の設置台数を増やしていく計画です。
和久田社長
「当社はもともと東海地方のものづくりを支える商売をしているが、今度は名古屋の料理を全国に広めていきたい。そのためのノウハウを私たちは持っている」

ニッチ市場に活路

厳しい市場環境の中でも、変化を遂げる自販機市場。

専門家は、右肩上がりの成長は難しいとしながらも、特定のニーズや客層に的を絞ることで活路が見いだせると指摘します。
山崎常務理事
「自販機は品揃えや在庫の数が限られるので、大量に商品が売れる場所であれば店の方が優位だが、オフィスビルや工場のように人の動きが変動する場所などでは活用の余地が大きい。大量生産が難しく、大手チェーンでは取り扱ってもらえないような中小メーカーの商品の参入が増えることで、いわゆるニッチ市場としてさらに広がる可能性がある」
コロナ禍をきっかけに、改めて注目される自販機。

変わりゆく消費者の生活様式をより便利に、より豊かにするサービスの登場により、”自販機大国ニッポン”は、新たな時代に突入しているといえそうです。
経済部記者
山根 力
2007年入局
松江局、神戸局、経済部、鳥取局を経て現在、商社業界を担当
経済部記者
保井 美聡
2014年入局
仙台局、長崎局を経て現在、流通業界などを担当