鈴木淳也のPay Attention

第142回

楽天に「楽天キャッシュ」が必要な理由。Edy・ポイントとの違い

楽天Edyがキャッシュレスの中心となっている沖縄。那覇市のおもろまちにあるモールにて

楽天のサービスをキャッシュレスの視点から考えたとき、スマートフォンを使った決済としては「楽天ペイ」があり、店舗向けには「楽天ペイ(実店舗決済)」がある。クレジットカード事業としては「楽天カード」があり、これとは別に2000年代から広く利用されている電子マネーの「楽天Edy」が支払い手段としては存在する。

エコシステムの観点では「楽天銀行」や「楽天Suica」の存在もあり、ECとしては国内最大規模の「楽天市場」やその周辺サービスがある。これらを結びつける楽天経済圏のサービスとして「楽天ポイント」があり、1社というか1グループだけで非常に多様だ。

近年、これらの仕組みに「楽天キャッシュ」が加わり、ユーザー視点でいえば「どれをどう使ったらいいのか……」と考えてしまう方もいるかもしれない。

今回は特に「楽天キャッシュ」にフォーカスし、このサービスが同社のエコシステムの中でどのような意味を持つのかを考えてみたい。

楽天キャッシュの位置付け。Edyとの違い

楽天キャッシュの歴史を紐解くと、2008年にアフィリエイトの報酬を受け取る「口座」としての仕組みが発端だった。やがて同グループが提供するフリマアプリの「ラクマ」の売上でのチャージが2018年に可能になり、「チャージして使えるプリペイド型のサービス」として機能拡張が行なわれる形で「楽天キャッシュ」が誕生した。

楽天Edyの楽天キャッシュ事業推進室副室長の鍋山隆人氏によれば「楽天のサービスをつなぐ“ブリッジ”のような位置付け」とのことで、楽天カードや楽天銀行を含む複数の“チャージソース”を持ち、楽天ペイでのリアル店舗での決済または楽天の各種オンラインサービスでの利用が可能だ。

7月以降には楽天Edyとの“バリュー”の相互交換が可能になり、利用可能な場所はさらに増える。例えば冒頭の写真にある沖縄では「Edy天国」といえるほどに楽天Edyが浸透しており、同県でのキャッシュレスの一端を担っている。つまり、このお金の流れの中核にあるのが楽天キャッシュということだ。

楽天キャッシュの位置付け

実際のところ、「支払い」という部分でいえば、楽天キャッシュを経由せずとも楽天カードや楽天銀行デビットカードでも「支払い」が可能だ。これとは別に楽天Edyというサービスもあるわけで、“ブリッジサービス”とはいえ位置付けが難しい。だが鍋山氏によれば「楽天キャッシュは楽天のIDさえ持っていれば誰でも利用できるサービス。残高をオンラインでチャージしてすぐに利用できる利便性を主眼に考えている」という。

これは主に楽天Edyとの差別化ポイントになるが、Edyという電子マネーサービスは基本的には物理カードに現金をチャージして利用するサービスであり、その設計も2000年初頭当時の習慣を引きずっている。“オフライン”でも利用できるというメリットはあるものの、現在のスマートフォンを中心に動く決済サービスとは異なる存在だ。

一方で、楽天キャッシュであれば「楽天ペイ」アプリに楽天IDを入力すればすぐにでも利用が開始でき、残高はオンライン上でIDに紐付けられているため、そのまま他のオンラインサービスもWebブラウザ経由で利用できる。

もう1つEdyとの大きな違いが、楽天キャッシュはあくまで「楽天の制御下にあるサービス」という点だ。楽天Edyは買収以前のビットワレットの時代の経緯もあり、銀行を含む複数のバリューイシュアが存在している。スタートアップ企業の1社に過ぎなかったビットワレットが市場を広げるために採った戦略ではあるが、この点は楽天Edyが名前とは裏腹に完全には同社の制御下にはないことを意味する。

ある関係者によれば、バリューイシュア間での複雑な契約が存在しており、Apple PayにEdyが搭載されない理由の1つになっている可能性があると指摘している。いずれにせよ、楽天Edyは現状で広く利用される環境がありながら、グループ戦略の中核となるには至っていない状況にある。

楽天Edy 楽天キャッシュ事業推進室副室長の鍋山隆人氏(撮影:小山安博)

複雑なルールとユーザー還元

この楽天キャッシュだが、最近いくつかのアップデートが行なわれた。以前の本誌のレポートにもあるが、チャージソースに新たに「楽天ギフトカード」が加わった。

以前までコンビニ等で販売されていたPOSAカードでは「楽天ポイント」へのチャージが行なわれるのみで、有効期限が「購入日から6カ月」に限定されるという問題があった。新しい「楽天ギフトカード」はこの期限が10年に一気に延長されるため、サービスとしての使い勝手は向上する。

同じタイミングで、楽天キャッシュからの楽天証券への投信積立に対応しており、楽天カードと合わせて月額上限最大10万円までの投信積立が可能になっている。同時に、「残高キープチャージ」というオートチャージ機能にも対応しており、設定額を下回ると指定ソースから自動チャージが楽天キャッシュの残高に対して行なわれる。

投信積立では楽天カードと楽天キャッシュを組み合わせて月額最大10万円の積立が可能
いわゆるオートチャージ機能を提供する「残高キープチャージ」

いろいろ見ていて気になるのは、前述の「支払い」という部分で「楽天キャッシュ」を“経由しない”支払いルートがそのまま残されているにもかかわらず、同時に「楽天キャッシュ」にいったんチャージしてから支払う仕組みが構築されている点だ。

これについて鍋山氏に疑問をぶつけたところ、「チャージという行為」自体が楽天にとってプラスに作用しやすい側面があるようだ。

楽天銀行や楽天カードを介して都度支払いでも問題ないが、“まとまった”金額を一度に楽天キャッシュに残高としてチャージし、そこから楽天ペイや各種楽天オンラインサービスの支払いに利用する。個別のトランザクションごとに手数料を請求されるよりも楽天側の負担が少なくなるため、1回で大きめの金額がチャージされる方がメリットが大きいというわけだ。

実際、楽天グループの膨大な取引額を考えれば、数%の手数料負担が何億もの差になって返ってくるわけで、巨大グループならではの懐事情がうかがえる。

もう1つ、ここまでほとんど触れなかったが重要なのが「楽天ポイント」の存在だ。2021年8月末現在の累計発行数が2.5兆ポイント、同年の年間発行数が5,300億ポイントというポイント業界の“ベヒモス”だが、これについてもいくつか興味深い話を聞いている。

楽天ポイントではポイントの進呈ルールが細かく規定されており、ルートによって還元率が大きく異なっている。なぜこういったことが起きるのかを同氏に確認したところ、還元率は“収益性”と大いにリンクしており、「楽天としてポイントの最大限の還元ができるよう設計されている」(鍋山氏)という。

つまり、還元率の高い支払い手段やルートはもともと「収益性が高い」事業であり、楽天としてもこれを享受しつつも、可能な限りユーザー還元にまわして他社との差別化を図っているというのが同社のポイント戦略ということになる。

支払い手段やルートによってポイント還元率は大きく異なる

期間限定ポイントを楽天Suicaなどのサービスのチャージに利用できないという意見もあるが、これも鍋山氏は「期間限定ポイントとは本来特定期間内に“消費”をしてほしいという意図をもって提供されているもので、これを他のサービスへのチャージに利用されてしまうと有効期限の意味がなくなる」と説明している。

ポイントには細かいルールが存在しているが、それもまたさまざまな制限のなかでユーザーの利便性やメリットを最大化するための工夫なのだということだ。こうした視点からサービスを見つめてみると、また違った側面が見えてくるだろう。

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)