事業拡大急ぐPayPal、2年間で30社以上に出資
ペイパルはここ2年間で数百件の戦略的な提携を進め、30社以上に出資し、数社を買収している。こうしたビジネス関係の多くは同社の中核サービスである決済処理を超えて広がっている。2020年以降の提携、投資、買収活動は、2つの長期目標「世界市場への参入」「仮想通貨とブロックチェーン(分散型台帳)を含むその他の金融サービスへの事業拡大」に基づいている。
今回の記事ではCBインサイツのデータを活用し、ペイパルの最近の買収、出資、提携から5つの重要戦略を抜き出した。この5つの分野でのペイパルとのビジネス関係に基づき、企業を分類した。
・決済代行サービス
・電子商取引(EC)&販売時点情報管理(POS)
・銀行業務
・融資
・仮想通貨&ブロックチェーン
決済代行サービス
ペイパルは決済機能にとどまらず、世界の決済代行分野に参入するために投資や提携を進めている。決済代行企業はオムニチャネル(ECと実店舗を統合した販売方法)、決済ゲートウエー(販売業者と複数の決済サービスを橋渡しするサービス)、BtoB(法人向け)決済などいくつかのカテゴリーに分類される。
ペイパルの成長戦略の焦点の一つはアフリカだ。ペイパルのコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)であるペイパル・ベンチャーズと米コーラ・キャピタルは22年5月、エジプトの決済代行サービス事業者のペイモブ(Paymob)のシリーズB(調達額5000万ドル)を主導した。決済代行サービス事業者は企業がオンラインや実店舗で電子決済を導入できるよう支援する。これはペイパルによる中東・北アフリカ地域で初の、アフリカで2回目の投資となった。
同社は、API(アプリケーション・プログラミング・インターフェース、異なるシステム間でデータをやり取りするための技術仕様)を企業に開放する「オープンAPI」を手掛ける南アフリカのスティッチ(Stitch)にも出資している。
ペイパルはアフリカの決済代行サービスと提携もしている。傘下の海外送金サービス、ズーム(Xoom)は20年、南アフリカの決済ゲートウエー、MFSアフリカ(MFS Africa)と提携した。この提携により、欧州と北米のズーム利用者はアフリカ7カ国に送金できるようになった。
この分野では、BtoB請求書決済プラットフォーム、米ペイ・ニア・ミー(PayNearMe)とも提携している。ペイ・ニア・ミーは22年にペイパル払いを導入し、法人顧客がモバイル端末で簡単かつ安全に決済できるようにした。
ペイパルは20年、米コロラド州デンバーの決済代行企業のプルペイ(PruPay)と提携し、加盟店がショートメッセージサービス(SMS)を使って消費者に一括払いを請求できる手段を開発した。
EC&POS
ペイパルはECのエコシステム(生態系)を構築するため、買収に多額の費用を投じている。19年にはネット通販の価格の比較やクーポン情報ツールを手掛ける米ハニー・サイエンス・コーポレーション(Honey)を40億ドルで買収した。
対面でのサービス向上にも努めている。21年には販売業者に代わってネット通販の返品を対面で受け付ける米ハッピーリターンズ(Happy Returns)を買収した。
EC分野の投資や提携にも動いている。ここでは海外展開を拡大し、オンラインショッピングやモバイルコマースの体験を改善する戦略をとっている。
ペイパルはドイツのショップウエア(Shopware)、インドのシップロケット(Shiprocket)など自国内市場に特化する新興ECに出資している。EC構築やキャッシュレス決済を支援する日本のEC・決済プラットフォーム、ヘイ(東京・渋谷)にも出資した。
最近は中東や中南米に拠点を置くEC企業と提携している。エジプトのクラウドベースのECプラットフォーム、エクスパンドカート(ExpandCart)や、ブラジルの消費財マーケットプレイスのメルカド・リブレ(Mercado Livre)などが主な例だ。
銀行業務
ペイパルはチャレンジャーバンク(ネット専業などの新興銀行)や既存銀行、銀行業務を他社に提供する「BaaS(バンキング・アズ・ア・サービス)」スタートアップへの出資や提携により、海外に手を広げている。
この2年で新興銀行のブラジルのネオン(Neon)、スウェーデンのティンク(Tink)、ベトナムのVNライフ(VNLIFE)に出資した。ネオンは融資や投資、カード決済などの金融サービスのデジタル口座を手掛ける。ティンクはAPIを通じて金融サービス会社に、銀行の基幹システムと連携するオープンバンキング機能を提供する。なお、ティンクは21年、米カード大手ビザに買収されている。VNライフはSMSバンキングやデジタルバンキングプラットフォームなどのサービスを手掛ける。
ペイパルは様々な決済機能を提供するために世界の大手銀行との提携も発表している。例えば、米JPモルガン・チェースの米商業銀行・リテール部門チェースや米ウェルズ・ファーゴと組み、クレジットカードのポイントでワクチンや治療を寄付できるようにした。20年には米大手地銀USバンコープとも提携し、同行の顧客がクレジットカードをペイパルのウォレット(電子財布)に連携できるようにした。
ペイパルは様々な市場で存在感を高めるため、米国以外の銀行とも提携している。21年にはナショナルオーストラリア銀行(NAB)と組み、銀行口座への即時送金サービスを開始した。20年にはブラジルのネット銀行ヌーバンクと提携し、メキシコのクレジットカード利用者に金利ゼロのサービスを提供した。
融資
ペイパルは買収や提携、投資を通じて融資の分野にも手を広げている。
21年には日本で存在感を高め、クレジットカードの代わりとして後払い決済サービス「BNPL」を提供するためにBNPLのペイディを買収した。もっとも、これはペイパルのBNPLにおける初の動きではなかった。同社は20年8月、米国の消費者向けにBNPL「ペイ・イン・4(Pay in 4)」の提供を開始している。
個人向け融資では、働いた分の給与を給料日前に受け取れるサービスを手掛けるインドのアーリーサラリー(EarlySalary)と提携した。さらに、新興市場の銀行口座を持たない層に融資する米タラ(Tala)のシリーズE(1億4500万ドル)にも参加した。これはペイパルのタラへの3度目の出資だった。
中小企業向け融資では、フリーランスや起業家、中小企業に無担保のビジネスローンを提供するため、21年にインドのフレキシローンズ(FlexiLoans)と提携した。この提携により、インドの中小企業に事業拡大や株式取得、在庫補充などのための運転資金を提供できるようになる。
仮想通貨&ブロックチェーン
ペイパルは過去2年で仮想通貨の取引や交換、デジタル資産分野のスタートアップ9社に出資している。
22年には米レイヤーゼロ・ラボ(LayerZero Labs)のシリーズA(1億3500万ドル)に参加した。レイヤーゼロは複数のブロックチェーンで分散型アプリケーションを使えるようにするプロトコルの開発に取り組んでいる。
21年には、規制当局の承認を受けたブロックチェーンインフラ基盤によってオープンな金融システムの構築に取り組む米パクソス(Paxos)のシリーズD(3億ドル)に参加した。この提携により、米国ではペイパルの口座で仮想通貨の売買や保有ができるようになった。同年には、仮想通貨のセキュリティー企業、米カーブ(Curv)を2億ドルで買収した。この買収はペイパルが将来、暗号資産商品を展開する際に役立つ。
20年には、仮想通貨交換業務を手掛ける日本のビットフライヤーと提携し、ペイパルの顧客はビットコインの売買や利用ができるようになった。
その他
ペイパルはこの5つの重要戦略のほかに、様々な分野で多くの注目すべき投資や提携をしている。
不正防止:ペイパルは20年に米アーコスラボ(Arkose Labs)のシリーズB、21年にシリーズCに参加した。アーコスラボは利用者のリスク評価と認証クイズを組み合わせた不正防止技術を手掛ける。ペイパルは米セーフブリーチ(SafeBreach)にも出資した。セーフブリーチのプラットフォームではハッカーの侵入シナリオを事前に突き止めておくため、(ハッカーの行動を7ステップに分解した)「サイバーキルチェーン」全体で侵入手段をシミュレーションする。
クロスボーダー(国境を越えた)決済:ペイパルは過去2年で中南米とアジアのクロスボーダー決済企業3社と提携した。中国で加盟店と消費者の商機拡大を加速するため、中国カード大手の銀聯国際(ユニオンペイ・インターナショナル)と提携した。ペイパル傘下の海外送金サービスのズームもシンガポールのクロスボーダー決済網チューンズ(Thunes)と連携し、欧米とカナダのズーム利用者が世界各国のモバイルウォレット利用者に直接送金できるようにした。ペイパルはブラジルのイーバンクス(EBANX)とも提携し、ブラジルの利用者がペイパルを使い、イーバンクスの決済システムを導入している海外サイトで買い物できるようにした。
資産管理:資産管理の分野では、親が子どもの将来に備えて投資や貯金をするマネーアプリ、米ユーネスト(UNest)と提携した。雇用主がスポンサーになっているオンデマンドの給与支払いプラットフォーム、米イーブン(Even)や、女性を対象にしたデジタル投資プラットフォームの米エレベスト(Ellevest)にも出資した。
API、統合ソフトウエア:ペイパルは21年、企業向けに金融商品の開発インフラを提供する英コダット(Codat)の2回の資金調達ラウンドに参加した。
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