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高齢者住まいにおけるACPの推進に関する調査研究事業

2020年04月10日 紀伊信之齊木乃里子、高橋孝治、大内亘


*本事業は、令和元年度老人保健事業推進費等補助金 老人保健健康増進等事業として実施したものです。

1.事業の目的
 本格的な多死社会を迎えつつある中、自宅や介護施設、「高齢者住まい」(本事業では、有料老人ホーム、サービス付き高齢者向け住宅、グループホームを指して「高齢者住まい」と総称している)が、本人や家族が望む際に、「最期を迎えられる場所」としての選択肢となることが重要である。
 平成30年には、「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」が改定された。ここでは、在宅や施設での療養・看取りの需要の拡大を踏まえつつ、近年、諸外国で普及しつつあるACP(アドバンス・ケア・プランニング: 人生の最終段階の医療・ケアについて、本人が家族等や医療・ケアチームと事前に繰り返し話し合うプロセス)の概念が盛り込まれている。今後は、「終の棲家」としての役割の一部を担うことが期待される高齢者住まいにおいても、ACPを推進することが求められる。
 しかし、現時点では、高齢者住まいにおける「看取り」は一般的とはいえない。高齢者住まいにおける看取り率は介護付き有料老人ホーム、住宅型有料老人ホーム、サービス付き高齢者向け住宅で概ね20~30%で推移している。背景には、高齢者住まいにおけるACPの実践(本人の意向の確認)が十分ではないこと、またACPに関する体系的な教育体制が不足していることが要因として考えられる。
 そこで、本事業では、高齢者住まいにおけるACP推進に関する課題を明らかにした上で、その課題解決の手法・ノウハウを体系化して、研修・教育プログラムとして複数の高齢者住まいで試行するとともに、実際の運営事業者にも読みやすい形で「手引き」としてまとめることを企図した。

2.事業概要
 高齢者住まいや在宅、病院等における看取り・ACPに関する有識者、実務者等で構成した検討委員会を設置し、下記を実施した。
(1)ヒアリング調査
 高齢者住まいの現場におけるACP・看取りについての課題の定性的な把握を目的として、介護付き有料老人ホーム、サービス付き高齢者向け住宅、グループホームの3類型について、各2施設、計6施設を対象にヒアリング調査を実施した。

(2)アンケート調査
 ヒアリング調査を踏まえ、上記の課題認識の定量的な把握を目的として、介護付き有料老人ホーム、サービス付き高齢者向け住宅、グループホームの3類型のホーム長・施設長、現場職員に対してアンケート調査を実施した。

(3)研修実施
 (1)(2)の結果を踏まえ、高齢者住まいにおけるACP・看取りの課題を乗り越えるための研修プログラムを作成し、全4回の日程で「高齢者住まいACP研修」を実施した。
 また、研修効果を把握するため、主に、研修前後の意識変化やACP実践に向けてのイメージ形成の観点から、アンケートの分析を行った。

(4)手引き作成
 上記研修にて実施した研修プログラムの内容について、今後、高齢者住まい関係者に周知することを目的として、研修プログラムの骨子・エッセンスを冊子の形で整理した「高齢者住まいでのACP実践の手引き」を作成した。

3.主な事業成果
(1)高齢者住まいにおけるACP実践の際の課題
 (ア)職員アンケート結果から
・「ACP」の用語の認知度は、「聞いたことがある」方も含めると5割を超えている(54.1%)が「意味・内容まで知っている方」は2割程度(21.7%)に留まる。
・看取りの経験が増えるにつれて、看取りを行うこと自体には積極的な考え方になっていくが、看取りに対する恐怖心や不安は大幅に軽減されるものではない。
・関係者の合意形成の際の課題としては、「入居時には、最期についての話題を出すことにためらいがある」(39.3%)、「普段からの会話の中で、自然に最期について話題にすることが難しい」(37.7%)、「忙しく、本人とゆっくり話し合う時間が持てない」(33.3%)が上位に挙がった。
・看取りの課題としては、「夜勤時に介護職1人で対応するのは不安である」(39.2%)、「何かあったときにすぐに連絡が取れない」(31.6%)、「困ったとき・悩んだときに相談がしにくい」(30.7%)が上位に挙がった。
・職員が学びたいこととしては、「人が亡くなるまでの一般的なプロセス、看取り段階の心身の変化・経過」(39.6%)、「看取りの段階における身体的なケア(緩和ケア、口腔ケアなど)の留意点」(39.6%)、「看取りの段階における日々の観察のポイント」(33.7%)、「良い看取りのために介護職に求められる役割」(35.6%)等が挙げられた。

 (イ)施設長アンケートの結果から
・「看取りを行うことに対する思い、イメージについて」は、全体の6割強が「看取りはやりがいにつながる」に近い考えを持っている。全般的に、看取り件数が増えるにつれて、看取りには積極的な考え方になっていく。
・関係者の合意形成の際の課題としては、「本人と家族等の間、もしくは家族等の中で考えが違う場合がある」(56.5%)、「普段からの会話の中で、自然に最期について話題にすることが難しい」(44.9%)、「スタッフによって、本人の意向や要望を聞く力にばらつきがある」(44.6%)等が挙げられた。
・看取りの課題としては、「勤務人数が少なく、看取り時期の業務量増加に対応できない、他の入居者のケアが手薄になる」(38.1%)、「本人が望む医療・ケアについて家族等や親族間での意向が異なる」(36.1%)、「看取り経験のある職員が少なく、フォローすることが難しい」(34.6%)等が挙がった。
・教育・研修について期待することとしては、「良い看取りのために介護職に求められる役割」(76.1%)、「人が亡くなるまでの一般的なプロセス、看取り段階の心身の変化・経過」(73.6%)、「看取りの段階における身体的なケア(緩和ケア、口腔ケアなど)の留意点」(71.5%)、「看取りの段階における日々の観察のポイント」(70.3%)、等が挙がった。

(2)研修プログラムの効果
 VRやグループワークによる研修プログラムの実施前後で、ACPや看取りに関する意識がどのように変化したかをアンケート調査で確認した結果は以下の通り。
・研修前後のACP・看取りに対する意識の変化については、すべての項目で大幅な改善が見られた。特に、「本人・家族間の意向が異なる場合の対応」の改善幅が大きかった。「何より重要なのは本人の意思である」というメッセージが伝わった結果と考えられる。
・ほぼ全ての参加者が、「終末期において病院・救急搬送に頼らない方がよい」と考えるに至った。「安易に病院や救急搬送に頼らずに、本人が住み慣れた高齢者住まいで最期まで生活を支えていく」という意識づけにつながったと考えられる。
・介護職において、「看取りが怖い」、「終末期の方への接し方」等の意識レベルの漠然とした不安・恐怖はほとんど改善されたが、「いつが最期か分からず直面するのが怖い」や「夜勤時の介護職1人での対応」といった具体な業務を想定した不安は残る結果となった。
・研修を通じて「本人の意向のくみ取り方やその記録方法は具体的にイメージできるようになったか」との問いには、「はい」「どちらかというとはい」を合わせて、9割を超えており、参加者のほとんどが「イメージできた」と回答している。
・一方、経験の少ない介護職等を中心に「本人・家族の意向のすり合わせ方や家族への気持ちの寄り添い方」や、医師や看護師とのコミュニケーション」(問32)については、イメージを持ちにくい傾向にある。この点は「研修(OFF-JT)」の限界と考えられ、現場での経験とOJTが必要だと考えられる。

(3)手引きの作成
 上記の研修プログラムの実施結果も踏まえつつ、高齢者住まいでACPを進めるに当たって、高齢者住まい職員が理解しておくべきだと考えられる「考え方」について、具体的なエピソードとともに紹介する「手引き」を作成した。「手引き」では、上記の考え方を伝えるとともに、各種調査で浮き彫りになった高齢者住まいの職員のACPや看取りに関わる不安や疑問点に関してもQ&Aの形で情報提供を行うことで、不安・懸念が払しょくできるような内容を目指した。

(4)今後の課題
 (ア)現場におけるOJTの拡充
 VRやグループワークを通じた研修プログラムにより、ACPに関する理解を深めることや看取りに対する不安の払しょくすることについて一定の効果があることは確認できたが、座学形式での研修による限界も浮き彫りになった。こうした啓発のプログラムとともに実際に現場においてOJTが積み重ねられるプロセスが必要である。

 (イ)マネジメント層に対する学びのプログラムや中長期の効果の確認
 施設長向け調査からは、施設長・管理者の考え・意向が高齢者住まいでの看取りに大きく影響していることが示唆されており、現場職員に対する学びのプログラムに留まらず、施設長・管理者や経営者に対するプログラムも必要だと考えられる。また、経営層や管理者がACPに積極的に取り組むようになるためには、今回のような研修前後の効果の確認に留まらず、従業員のモチベーションや定着率への影響など、ACPに取り組むことによる中長期的な組織への影響についても検証が必要である。

 (ウ)家族への啓発や外部の医療関係者との連携強化
 研修実施後の課題・懸念としては、「本人・家族との意見のすり合わせ」や「家族同士の意見のすり合わせ」といった家族との関わり、外部の医師・看護師などの医療職との関わりが挙げられる。ACPを進めていく上では、こうした関係者の理解や協力関係の構築が必須である。今後は高齢者住まいの職員だけでなく、家族を含めた市民に対する啓発、医療・介護関係者との協力関係やネットワーク作りが促進されるための取り組みも必要となるであろう。

※詳細につきましては、下記の報告書ならびに「手引き」をご参照ください。
※「手引き」については右止めにて印刷してください
【報告書】
【高齢者住まいでのACP実践の手引き〜思いを受けとめ ここでの暮らしを“生ききる”ことに伴走する】
【高齢者住まいでのACP実践の手引き〜思いを受けとめ ここでの暮らしを“生ききる”ことに伴走する(トリムマーク入り)】

本件に関するお問い合わせ
 リサーチ・コンサルティング部門 高齢社会イノベーショングループ
 部長(シニアマネジャー) 紀伊信之
 TEL:06-6479-5352 E-mail:kii.nobuyuki@jri.co.jp
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