会員限定記事会員限定記事

ヒットの陰に「マーケター」 企業が求める「仕掛け」づくりのプロ【けいざい百景】

2022年05月25日

 店に並ぶ数ある商品の中で、なぜかつい手を伸ばしてしまうあの商品。それはメーカーや小売店の「マーケター」が作り上げた「売れる仕掛け」にはまっているのかもしれない。マーケターは、消費者の好みや行動を分析し、的確に売り込むマーケティングのプロ。最近では経営にも深く関わり、企業風土に影響を与え得る存在だ。消費者の好みが多様化し、従来の大量生産・大量消費が通用しなくなった今、優秀なマーケターは各業界で引っ張りだこになっている。(時事通信経済部 藤田綾)

定番強化でブランドに輝き

 「そろそろ、No.1を入れ替えよう」。昨年10月、ファミリーマートがJR渋谷駅に掲げた広告。名指しこそしていないものの、誰の目にもコンビニ業界不動の1位、セブン―イレブン・ジャパンへの挑戦状と映った。

 ファミマは同年、他社より弱いとされたプライベートブランド(PB)商品を全面刷新。食品や雑貨など800種類以上を「ファミマル」ブランドで売り出すことを決めた。

 すでに「ファミリーマートコレクション」などPBは複数あったが、広告も販促も各ブランドが行き当たりばったり。セブン―イレブンなら「セブンプレミアム」と思い付く半面、「おいしさでは負けていない」(ファミマ関係者)にもかかわらずファミマのPBの認知度は低かった。

 ファミマルへの統一とインターネット交流サイト(SNS)による戦略的な発信により、冷凍食品や日用品の今年2月末時点の売り上げは前年より2割増。ペットボトル飲料や缶飲料は4割増えた。規模が桁違いとはいえ、セブンプレミアムが頭打ちになっているのとは対照的だ。

 ファミマルを指揮したのは、2020年10月に入社し、初代CMO(最高マーケティング責任者)に就いた足立光氏(54)。米日用品大手プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)を振り出しに、コンサルティング会社などを転々。15年に赴任した日本マクドナルドでは、「夜マック」や人気ゲームアプリ「ポケモンGO」との提携により、当時、期限切れ鶏肉問題で急落していた業績を回復させた。

 足立氏が強調するのは、「定番を太くする」。コンビニ業界は目先の売り上げ確保を狙い新商品を乱発しがちだが、結局一番売れるのは、「ツナマヨ」おにぎりなどの定番商品。定番を強化することで利益率が上がり、ブランドにも磨きがかかるとの考えだ。

 最近では、定番でありながら存在感のなかったクリームパンをてこ入れし、品切れさせるほどのヒット商品に。ファミマ社内は足立氏就任以来、「売れるから頑張る、頑張るからもっと売れる。こんな好サイクルは初めてで、どの部署も活気づいている」(ファミマ関係者)。

老舗の大手ビールメーカーも

 大手ビールメーカーでも外部からマーケターを招致する例が増えた。キリンホールディングスの山形光晴常務(46)は足立氏と同じP&G出身で、15年にキリンに入社。まず、ペットボトル入り茶飲料「生茶(なまちゃ)」を改革する。

 俳優の松嶋菜々子さんが「お茶にも生があったんだ」とつぶやく広告で緑茶ブームをけん引した00年発売の生茶だが、競合の追随により当時は販売が低迷していた。「緑茶の良さをまるごと感じられる」をコンセプトに、味わいやパッケージを大幅に変更。瓶をイメージしたボトルの底に茶の粉がたまるさまは急須から注いだ緑茶を思わせ、販売は急増した。

 18年には第三のビール「本麒麟」というヒット商品を誕生させる。熟成期間の長期化などで、ビールに劣らない飲み応えを実現したのが勝因だ。

 ライバルのアサヒビールが起用したのは、松山一雄専務(61)。鹿島建設やサトー(現サトーホールディングス)などを経て、18年に入社した。

 松山氏指揮の下、21年4月に発売した「スーパードライ 生ジョッキ缶」は、ふたを開けるときめ細かい泡が立ち、まるでジョッキビールのようになる缶ビール。コロナ禍で家飲みする人たちの話題を集め、缶の生産が追いつかない人気ぶりとなった。

 そして22年2月、1987年発売の「スーパードライ」の初となるフルリニューアルでは、テレビCMや飛行船の日本縦断など、同社として過去最大規模の広告投資を実行。3、4月の缶製品の販売はコロナ禍前の19年比で14%増と、幸先のいい滑り出しとなっている。

縦割り組織に横串

 社員一人ひとりが自社ブランドへの忠誠心の塊のようなビールメーカーがマーケティングの責任者を外部に求めるのは前例がなく、「会社が何かを大きく変えようとしていると感じた」(キリンビール社員)。背景には、国内のビール類消費が減少に歯止めがかからない現状がある。もはやスーパードライのようなメガヒットは生まれない。「大量に作って大量に売るマスマーケティングが通用しない時代になった」(業界関係者)。

 山形氏入社当時のキリンビールは新商品開発を最重視しており、ヒット商品を手掛けた社員が最も評価される風潮があった。これに対し山形氏は「ヒットメーカーはいらない」と断言、既存の主力商品のブランド育成に注力。「いいものを作れば売れる」といったメーカーの主観を排し、顧客視点を徹底したという。

 松山氏も顧客視点を強調する。口癖は、「全体があっての個ではなく、個が集まって全体になる。ひとりのお客さまの心が動くか動かないか、それだけだ」。その結果、「マーケティング部隊の意識が変わった。ひいては、これまで営業、商品開発、マーケティングと縦割りだった組織の壁が崩れた」(中堅社員)。

社内外問わず、目的に応じ抜てき

 競争が激しい国内市場でヒット商品を出し続ける企業は、外部人材の起用にためらいがない。

 日本マクドナルドが足立氏の後任のCMOに選んだのは、ズナイデン房子取締役。資生堂、ユニリーバ、日清食品ホールディングス(HD)などを渡り歩き、18年に日本マクドナルドに入社。日清食品HDでは、男性顧客がメインのカップ麺市場で、女性向け「カップヌードルライトプラス」をヒットさせた敏腕マーケターだ。

 ズナイデン氏に求められたのは、V字回復した業績をさらに上に向かわせる商品・サービスのマーケティング。コロナ禍の在宅需要も追い風に、「サムライマック」「ごはんバーガー」というヒット商品で期待に応えた。

 日本マクドナルド広報部は、「その時々によってCMOに求められる役割が異なる。合った人材を社内外から登用している」と、目的達成のための人材の起用は、社内外は問わない姿勢を強調する。

 もちろん、そもそも秀でた商品開発力や人材がない組織に優秀なマーケターひとり送り込んだところで成果を得られるものではない。逆に、本当に優秀なマーケターには目の前の商品だけでなく、その企業の経営全般を見渡す能力があるように思われる。さかのぼれば、資生堂の魚谷雅彦社長は日本コカ・コーラでヒットを連発したマーケター。ネスレ日本の高岡浩三元社長もチョコレート菓子「キットカット」を受験のお守りにするなど、様々なキャンペーンを成功させたマーケターとして有名だ。

 SNSの普及や世代交代で、消費者の琴線に触れる手法は年々複雑化している。経営感覚と新しい発想を持った「プロマーケター」は今後ますます需要が高まりそうだ。

(2022年5月25日掲載)

けいざい百景 バックナンバー

話題のニュース

会員限定

ページの先頭へ
時事通信の商品・サービス ラインナップ