令和4年度子ども・子育て支援調査研究事業 教育・保育施設における事故に至らなかった事例の収集・共有等に関する調査研究

2023年12-2024年1月号

菅原 尚子 (すがわら なおこ)

株式会社日本経済研究所 地域マネジメント部長

1. はじめに

教育・保育施設におけるいわゆる「ヒヤリ・ハット事例」のうち、命の危険につながりかねないような事例が行政や他の施設と共有されることは、教育・保育施設での事故防止を図るうえで重要である。死亡や重大事故(治療に要する期間が30日以上の負傷や疾病を伴う重篤な事故等)については、施設から自治体を通じて国に報告が求められているなかで、ヒヤリ・ハット事例については、どのように事例を収集・共有すればよいのかについて、有識者や認定こども園や幼稚園、保育所の各団体(以下、教育・保育団体)、事例の収集を先行的に行っている地方公共団体(以下、先行自治体)を構成員とする「意見交換の場」を開催し、検討を行った。併せて、上記の各団体のご協力のもと実際に発生したヒヤリ・ハット事例を収集し、事例集としてとりまとめた。
本調査研究は厚生労働省の補助を受けて実施したものであり、「令和4年度子ども・子育て支援調査研究事業 教育・保育施設における事故に至らなかった事例の収集・共有等に関する調査研究報告書」としてとりまとめた。
本稿ではその一部を抜粋し、紹介したい。

2. 「ヒヤリ・ハット事例の収集と共有を効果的かつ効率的に行う方法」のとりまとめ

本調査研究では、前述の「意見交換の場」での参加団体のご意見を参考に、次のとおり「ヒヤリ・ハット事例の収集と共有を効果的かつ効率的に行う方法」をとりまとめた。

(1)ヒヤリ・ハット事例に関する共通認識の確認

ア ヒヤリ・ハット事例の収集・共有は、事故予防の観点から非常に重要である。

●1件の重大事故の背後には、重大事故に至らなかった29件の軽微な事故が隠れており、さらにその背後には300件のヒヤリ・ハットが隠れているという「ハインリッヒの法則」がある。この法則から、ヒヤリ・ハット事例が施設内で報告され、改善策の共有が図られることは事故を予防する観点から非常に重要であることがわかる。
●ヒヤリ・ハット事例を収集し、共通する事例について、有効な改善策が共有されることによって乳幼児の命を守ることができる。

イ 安全対策を強化し、保育職員が安心して教育・保育に当たれる環境を作る。

●また、事故を予防することは、乳幼児だけでなく、乳幼児を預かる保育職員を守ることにもつながる。
●ついては、ヒヤリ・ハット事例の収集は、保育職員に行き過ぎた責任を負わせるために行うものではなく、安全対策を強化し、保育職員が安心して教育・保育に当たれる環境を作るために実施しているものであるという意識の醸成が必要である。

ウ こどもが安心して遊びに没頭できる環境を整えるためにも必要である。

●もっとも、こどもは心身の発育発達段階に応じて自らの限界に挑戦するものである。
●そして、その挑戦を通して危険に関する予知能力や事故の回避能力など安全に関する身体能力などを高めていく。「危ないから」とすべて先回りして排除してしまうと、こどもがこれらの能力を高める機会を阻害してしまう。
●こどもの挑戦とは関係のないところで発生する、遊具の不備などによる事故は防がなければならないのは当然だが、こどもが挑戦できる余地を残す限りヒヤリ・ハットの発生を完全になくすことは難しい。
●そのため、ヒヤリ・ハットが発生することは必ずしも悪いことではなく、こどもが安心して遊びに没頭できる環境を整えるために必要な取組みの一環として、ヒヤリ・ハットを収集し、改善につなげていくという意識が大切である。

(2)ヒヤリ・ハット事例の収集に関すること ~各施設での取組み~

ア 保育職員が多くのヒヤリ・ハットに気付き、報告されることが推奨される。

●施設内でヒヤリ・ハット事例を収集し、要因分析のうえ、事故対策を講じることは内閣府「教育・保育施設等における事故防止及び事故発生時の対応のためのガイドライン」に定められており、各施設が自主性を持って取り組んでいくことである。
●前述のとおり1件の重大事故の背後には300件のヒヤリ・ハットが隠れていることから、保育職員が一つでも多くヒヤリ・ハットに気づき、報告されることが推奨される。

イ 参考例をもとに、効率的にヒヤリ・ハット事例を収集する工夫を考える。

●あまり時間をかけ過ぎず、施設内で効率的にヒヤリ・ハット事例を収集するため、以下のような方法を採用している施設の例がある(表1)。


ウ 効率的に記録するため、あらかじめ各施設で共通の様式を用意しておく。

●ヒヤリ・ハット事例を効率的に記録するため、あらかじめ施設内で共通した様式を用意しておくとよい。その際、現場の写真が貼付されていると職員間での共通理解が進みやすいため、記録様式に写真を貼付できる欄も設けておくとなおよい。

(3)ヒヤリ・ハット事例の共有に関すること

ア 教育・保育団体に求められる取組みとして、教育・保育団体が各施設のヒヤリ・ハット事例をとりまとめ、「ヒヤリ・ハット事例集」として共有すること。

●各施設で共通するヒヤリ・ハット事例やそれにかかる改善策を、各施設の枠を超えて共有することができれば事故防止に有効である。
●そのため、教育・保育団体が各施設から任意でヒヤリ・ハット事例について提供を受け、とりまとめて「ヒヤリ・ハット事例集」として共有する取組みも有益である。
●また、地域ブロックや都道府県単位等で収集することで、地域性のある事例の収集と改善策の共有が可能になる。
●例えば、教育・保育団体などが主催する安全管理研修などの場で、各施設からヒヤリ・ハット事例を数例ずつ持ち寄り教材とする方法は、現場への負担が少なくなるとともに、地域や団体での事例収集が可能になる。
●なお、各施設からヒヤリ・ハット事例について提供を受ける際には、関係児童や保育者の氏名等の個人情報の取扱いにルールを設けるほか、施設名や施設が特定できる情報の取扱いには留意する。

イ 自治体に求められる取組みとして、ヒヤリ・ハット事例の提供を求める際に必要なこと。

●都道府県や市町村へ提供された事例の共有については、教育・保育団体による共有と同様に有効であると考えられるが、自治体から提供を求められることで、過度に委縮する施設もあるという声が聞かれる。自治体が施設から提供を受ける頻度や量について、引き続き十分に現場への配慮が求められる。

3. 教育・保育施設等におけるヒヤリ・ハット事例集の作成

ヒヤリ・ハット事例が施設内で報告され、改善策の共有が図られることは、事故を予防するうえで非常に重要である。そのため、教育・保育団体、先行自治体のご協力を得て事例を収集し、「教育・保育施設等におけるヒヤリ・ハット事例集」(以下、本事例集)としてとりまとめた。
重大事故が多いといわれている食事中、睡眠中、水遊び中などは、これまでも度重なる注意喚起により、危険に対する認識がある程度定着しているため、送迎バスでの置き去りによる死亡事故が相次いで発生したことを踏まえ、本事例集では「こどもの所在や行動を把握できなくなった事例」を中心に収集、掲載した。

(1)本事例集の主な対象者

本事例集は、各教育・保育施設が保育職員に対し園内で事故防止対策の研修を行う際に活用したり、あるいは行政や教育・保育団体がヒヤリ・ハット事例集を作成する際に参考にしていただくことを想定した。

(2)事例の紹介

ア 掲載件数
掲載している事例の件数及びその内訳は、表2のとおりである。

イ 具体的事例
本事例集に掲載した中から、表3にいくつかの事例を紹介する。



(3)まとめ

本調査研究では、多くの教育・保育団体、先行自治体の方々にご協力いただき、ヒヤリ・ハット事例を収集した。この場を借りて、改めて感謝を申し上げたい。1件の重大事故の背後には、重大事故に至らなかった29件の軽微な事故が隠れており、さらにその背後には300件のヒヤリ・ハットが隠れているといわれれている。教育・保育施設での事故防止のために、本事例集をぜひ有効にご活用いただけると幸いである。詳しくは弊社ホームページ(https://www.jeri.co.jp/parenting-r5/)をご参照ください。

著者プロフィール

菅原 尚子 (すがわら なおこ)

株式会社日本経済研究所 地域マネジメント部長

1998年日本経済研究所入所、以降、複数の病院PFI 事業の公共アドバイザーやモニタリング業務、地域の医療需要に関する調査、医療機関の基本構想策定、経営分析業務等に従事。英国ロンドン大学経済政治学院(LSE)大学院開発学専攻修士課程修了。認定登録 医業経営コンサルタント。