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連載・特集

緑地帯 熊原康博 地歴ウォークはやめられない④

 東広島市高屋町白市といえば、旧木原家住宅に代表されるように古い町並みが残る集落として有名である。しかし、私が白市で感じたのは、ネパールの山村集落そっくりだということ。理由は、日本の集落はたいてい谷沿いにあるが、白市は、ネパールの山村と同じく尾根に集落があるから。ネパールでは水の確保が大変で、女性や子供が水を汲(く)む重労働をしている。ならば白市はどのように水を確保してきたのか。つてをたどると、白市在住の山本敏正さんが白市の水について詳しいとわかり、お伺いするとご自身で調べた詳細な資料を頂いた。それをもとに地図をつくり現地を歩くと、近くの山の谷から水道管を長さ約1・1キロ引いてきて、それを各家に分配する仕組みや、防火用に水を貯(た)める施設があることがわかった。

 また、静岡の牧ノ原台地のように丘陵地では茶が栽培されることがある。実は、白市はお茶の産地として有名であった。今でも残る茶畑はもちろん、幕末期に茶栽培を広めた偉人の石碑、JAの茶工場、茶摘み唄など痕跡がある。白市の墓地を歩いていると、偶然その偉人の墓を見つけた。戒名には「麗香」の文字が含まれており、お茶の香りの意ではないかと思っている。山本さんの奥さまである陽子さんは、自分の茶畑で採れた茶葉から紅茶を生産されていた。結局、山本家には水とお茶の話の両方で何度も伺うことになった。

 地形と人の暮らしの関係に目を向けると、今までとは異なる見方が生まれ、その見方は地域のさらなる魅力の創出にもつながると感じている。(広島大大学院准教授=広島市)

(2022年7月29日朝刊掲載)

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