「ESGで最大3000億円の企業価値創出」。世界初、ESGと市場評価の相関示したエーザイの独自モデル

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撮影:村上茂久

前回は、近年注目されている「ESG投資」について、なぜ環境(Environment)、社会(Society)、ガバナンス(Governance)も考慮に入れながら投資判断をすることが投資家にとっても望ましいのか、その基本的な考え方をお話ししてきました。

ESGに関する課題に適切に取り組むことで企業価値が上がることはすでに実証分析でも証明されており、世界の機関投資家たちはますますESG投資へ向かう流れに追随しています。

そんななか、いま国内の企業の中で、ESGの分野で最も知見を持っている企業の一つとして挙げられるのが株式会社エーザイ(以下、エーザイ)です。

エーザイは国内の製薬業界トップ6社の中では時価総額5位。しかし、時価総額が純資産の何倍かを見る指標「PBR(Price Book Ratio:株価純資産倍率)」で見ると、なんと業界2位に急浮上します。それはいったいなぜなのか——これが、前回積み残していた疑問でしたね。

図表1

(出所)各社2020年度の有価証券報告書およびYahoo!ファイナンスより筆者作成。株価は2021年8月11日を採用している。

そこで本稿では、ESGの課題に取り組むエーザイの経営(以下、ESG経営)について詳しく見ていきたいと思います。

エーザイははるか昔からESG経営を行っていた

エーザイは、医薬品メーカーの中でもユニークな会社です。

まず、その成り立ちです。日本の製薬会社は外国の薬を扱う問屋から発足している企業が多いのですが、エーザイは油溶性ビタミンの医療用途を調べる研究所として出発。その後、衛生材料(衛生材料→衛材→エーザイと、これが社名の由来です)や医療器具の製造・販売を手がけるようになりました。

また、エーザイは定款に理念を記載している点でも珍しい企業です。

エーザイの企業理念と言えば、CMでもおなじみの「ヒューマンヘルスケア(hhc=human health care)」の実現です。2005年に株主総会で特別決議が可決されたことにより、この企業理念が定款に記載されることになりました。

(企業理念)

第2条 本会社は、患者様とそのご家族の喜怒哀楽を第一義に考え、そのベネフィット向上に貢献することを企業理念と定め、この企業理念のもとヒューマン・ヘルスケア(hhc)企業を目指す(以下略)

近年、自社の存在意義を強く意識した経営のあり方を「パーパス(Purpose)経営」などと呼ぶようになりましたが、エーザイは2005年の時点ですでに、パーパスを定款に組み入れた企業と言われています(※1)。

「hhc」を企業理念として定めたのは、現在のCEOである内藤晴夫氏(エーザイは同族経営であり、創業者・内藤豊次の孫にあたります)が代表執行役に就任した後の、1989年のことです。

実は、hhcという言葉はフローレンス・ナイチンゲールの精神に由来します。ナイチンゲールはご存知のとおり、患者の視点でものを見ること、患者の声に耳を傾けることから看護は始まるという信念(※2)を持って献身的な看護活動にあたり、公衆衛生の発展に貢献した偉人。エーザイはその精神を受け継いでいるのです。

hhc

(注)hhcのロゴには、ナイチンゲールの直筆サインが使われている。

(出所)エーザイHP「hhcとは」よりキャプチャ。

「hhc(ヒューマン・ヘルス・ケア)」という発想は、医薬品業界では必ずしも当たり前のものではありません。というのも、製薬会社は従来、医師や病院に重点を置く傾向にあるからです。

しかしエーザイは、医療の主役はあくまで患者とその家族だと考えています。エーザイの使命は「患者様満足の増大(人の命を守り、健康を維持すること)」。同社のCFOである柳良平氏は、これはSDGs目標(※3)のひとつだと指摘しています(※4)。

もちろん、エーザイは「患者中心」をただの掛け声で終わらせてはいません(※5)。エーザイでは世界中の社員が就業時間の1%を用いて、患者とともに過ごすことを推奨しています(※6)。

また、エーザイはかねてよりガバナンス改革にも積極的で、日本でコーポレートガバナンスの重要性が広く認識される以前の2000年には、いち早く社外取締役を導入しています(※7)。

このように、エーザイははるか以前からESG課題に向き合ってきた企業なのです。

2つの視点を併せ持ったモノサシ「ROESG」

前回お話ししたように、企業がESGの課題に適切に向き合うことで、企業が抱えるリスクは下がります。リスクが下がるということは割引率が下がることを意味するので、結果的に企業価値は向上することになります。

つまり、企業は今まで以上に適切に利益を稼ぐことは当然として、そのうえで、ESGの課題に対処しながら持続可能性をもって経営していく必要がある、ということですね。

ここには2つの視点が含まれています。一つは、「適切に利益を出せているか」という視点。そしてもう一つが「持続可能性をもって経営できているか」という視点です。では、この2つの視点を測るのに適したモノサシは何でしょうか? 答えはこうです。

  • 適切に利益を出せているか → ROE(Return on Equity:自己資本利益率)
  • 持続可能性をもって経営できているか → ESG

ROEはこの連載でも何度か触れていますが(※8)、簡単に言うと、株主から集めた資本を用いてどれだけの利益を上げられたかを示す指標です。「資本生産性を測る指標」とも言い表せます。

このROEとESG、2つを別個に測るのではなく、両者を総合した指標があったら便利だと思いませんか?

実は、あるんです。それが「ROESG」です。

ROESG(※9)とはそのネーミングからもお分かりのように、ROEとESGを両立させるために用いられる指標で、企業価値評価やコーポレートガバナンスの研究で有名な一橋大学の名誉教授、伊藤邦雄先生が提唱した概念です。

ROESGはROEとESGスコア(※10)を掛け合わせることで計算されます。

ROESG = ROE × ESGスコア

ROESGは、ESGスコアによってROEを重みづけしているという特徴があります。仮にROEが高くても、ESGスコアが1未満ならROESGは低くなります。逆にESGスコアが1以上であれば、たとえROEが低くても高く評価されます。

ちなみに、ROESGの世界ランキングは図表2のとおりです。日本の企業での最高位は56位の花王(ROESG:22.3)でした。

図表2

(注)このランキングの傾向としては、ROEがかなり高い企業が上位にランクインしている。

(出所)「ROESG世界トップ100社、消費者向けが上位に企業の持続性重視へ新指標」日本経済新聞、2019年8月12日。

エーザイのPBRとROESG経営

実は、エーザイはこのROESGという視点を日本でいち早く「経営」に取り入れた企業でもあります。

先ほど、「企業がESGの課題に適切に向き合うことで、企業が抱えるリスクが下がる。これは割引率が下がることを意味するので、結果的に企業価値は向上する」とお話ししました。

ここで前回の話を思い出してください。「企業のPBRのうち、1を超える部分が非財務情報に由来する価値」だとお話ししました。つまり、図表3のハイライトされた部分ですね。

図表3

(出所)各社2020年度の有価証券報告書およびYahoo!ファイナンスより筆者作成。

では、エーザイの非財務情報の評価の高さの要因を知るためには、どこを調べればよいのでしょうか?

圧倒的に先を行くエーザイ独自のROESGモデル

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