なぜフィンランドは「SDGsスタートアップ」を続々生み出せるのか?国立研究所・所長に聞く

脱プラスチック

環境先進国かつ、イノベーションの発信地としても知られるフィンランド。その強さの背景にあるものとは(写真はエスポー市の様子)。

画像:Shutterstock

日本政府が2050年までの実現を目指すと表明した「脱炭素(カーボンニュートラル)社会」。

企業の多くが、製造過程で大量のCO2を発生させる石油を原料とするプラスチックからの脱却に本気になり始めている。

ただし、脱炭素や脱プラスチックを実現するカギの1つとも言える政府と企業との官民連携には課題が多い。

「官民連携のイノベーション創出」の先駆者とも言える国が、フィンランドだ。国立研究所「フィンランド技術研究センター(VTT)」からは大型の資金調達をしたり、上場を達成したスタートアップも生まれている。

フィンランドの“強さ”の秘密を、VTTの所長兼CEO、アンティ・バサラ氏に聞く。

スタートアップ続々生む「研究所」

ヘルシンキ

写真はヘルシンキの街並み。

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フィンランドは、環境先進国、そしてイノベーションの発信地としてもよく知られている。

国連の「持続可能な開発ソリューション・ネットワーク(SDSN)」と独ベルテルスマン財団が発表した「2021年度版 SDGs達成度ランキング」では1位を獲得(日本は18位)。ヨーロッパ最大級のスタートアップイベント「Slush」もフィンランド発祥だ。

この背景にフィンランド政府が直営する研究所(フィンランド技術研究センター、VTT)があることは意外と知られていない

VTTは2020年時点で約1500人の研究者を抱える北欧最大の研究所であり、国営企業(有限責任会社)だ。

VTTの2020年の総売上高(Total Revenue)は2億4400万ユーロ(約314億円)。そのうち、グループの売上高が1億4900万ユーロ(約192億円)、政府からの補助金が8700万ユーロ(約112億円)を占めている。

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フィンランド政府による研究開発への支援額の推移。赤い部分(Government research institute)のうち一部がVTTに割かれる予算。これに加え、ビジネスフィンランド(フィンランド大使館商務部)から2200万ユーロ(約28億円)の資金援助を受けている(2020年)。

出典:Statistics Finland

アディダスも出資した繊維スタートアップ

VTTが特徴的なのは、研究所でありながらスタートアップを続々と生む「インキュベーション」的な役割を果たしていることだ。

2021年6月には、VTTに所属していた研究者らが2015年に立ち上げたスタートアップ「スピノバ(SPINNOVA)」が、スポーツ用品大手・アディダスから300万ユーロ(約4億円)を資金調達したと発表した。スピノバは、木材パルプや農業廃棄物である藁(わら)などの天然素材からセルロース繊維を精製する技術を開発している。

スピノバ

スピノバは、NORTH FACEやマリメッコなど、大手ブランドともコラボを手がけている。

画像:SPINNOVA 公式サイト

WWD JAPANのインタビューによると、スピノバが開発した繊維は生産において「有害物質も一切使わず、廃棄物も出さず」さらに「リサイクル可能で、服から服へ循環する無限ループも可能になる」ことが見込まれている。

同社は現在までに2500万ユーロ(約31億5000万円)の資金調達を達成し、6月にはナスダック・ヘルシンキへ上場(IPO)した

エンジンと車輪を橋渡す、ギアボックス

アンティ・バサラ氏

フィンランド技術研究センター(VTT)のプレジデント兼CEO、アンティ・バサラ氏。

画像:Zoomインタビューより

スピノバのようなスタートアップの背景にあるVTTとは、一体どんな組織なのか?

VTT CEOのアンティ・バサラ氏は、社会全体を車になぞらえながら、VTTを「エンジン(科学)と車輪(企業)の間を橋渡しする、ギア・ボックスのようなもの」とたとえる

科学の最先端で起こっていることを、企業のサービスや製品開発の現場で使えるようにするにはどうするか。1942年の設立当初から現在まで、私たちの意義は変わりません」(バサラ氏)

「官民連携のイノベーション」のヒントは、VTTの歴史に隠されている。VTTが誕生したのは1942年、第二次世界大戦中のことだった。

当時のフィンランド政府によって「科学と社会のための技術研究」に従事する組織として設立されたVTT。

戦時中は軍用の木材や民間用ストーブなどを開発、戦後も公共インフラ建築に活用できる効率的な工法などの研究開発を主導し、フィンランドの工業化に貢献してきた。

VTTのような組織があるメリットとしてまず、「短期的な利益に振り回されることなく、長期的な投資が必要な研究に予算を割ける」ことが挙げられるとバサラ氏はいう。

「私たちは(利益やテクノロジーではなく)“チャレンジ・ドリブン”な組織であろうとしています。活動のまず初めに、カーボンニュートラリティやサーキュラーエコノミー、高齢化社会でのウェルネスなど、社会が目指すべきターゲット(目標)があります」

実際、ウェブサイトには「Beyond 2030:VTTのビジョン」というページがあり、重点領域が挙げられている。研究者も企業もこの指針に基づき、脱炭素などの目標に向かって、一丸となって研究開発を進めている。

人材流動化が進めるイノベーション

もうひとつは、企業にとってのメリットだ。

すぐに商品化できるか分からなかったり、高額なコストがかかったりする研究に対して、企業はVTTを頼ることでリスクを低減できるという。

「量子コンピュータが良い例でしょう。次世代のイノベーションの中核となることは明らかですが、ほとんどの企業にとって商用化に向けて動くにはまだ早すぎます。そうしたとき、VTTが所有する機器をシェアしながら使うことで、企業は低コストで技術を学び、次の製品に応用できるかを試せるのです」(バサラ氏)

研究機器の貸し出しのような小さなものから官民共同研究まで、産官民のコラボレーションがVTTでは盛んに行われている。

実はVTTに近い特徴を持つ公的研究機関は、ヨーロッパでは珍しいものではない、とバサラ氏はいう。例えばドイツ最大の公的な応用研究機関「フラウンホーファー」もそのひとつだ。

研究

ヨーロッパの公的研究機関の特徴。大学と企業の橋渡しをする役割を担っている。

出典:経済産業省資料「ドイツ等欧州の公的研究機関の特徴」より

日本には、研究を産業につなげる役割を持つ組織として、産総研(産業技術総合研究所)やNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)などがある。

さらには科学技術から生まれるイノベーションを加速するため、2018年からは内閣総理大臣・科学技術政策担当大臣の直下で「官民研究開発投資拡大プログラム(プリズム)」と戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)という施策が立ち上がっている。

しかし、日本では「科学技術と産業の橋渡し」という目的のもとに、組織が「一本化」されているとは言い難い。さらには、企業と大学、公的研究機関を横断した人材流動がほとんどないことも大きな課題となっている

研究人材の流動化の状況

日本の研究人材は、企業・大学・公的機関をまたいで移動する人材が少ない。

出典:新エネルギー産業技術総合開発機構(NEDO)より

64億円規模のベンチャーキャピタルを創出

VTTの特徴としてさらに特筆すべきは、スタートアップを創出するための仕組みだろう。

2010年から、ベンチャーキャピタルのような役割を果たす子会社「VTT Ventures」を設立し、数十のプロジェクトに投資している。VTTの投資ポートフォリオは2019年、5000万ユーロ(約64億円)規模のファンドを運用する「Voima Ventures」というベンチャーキャピタルに移行された。

VTT

Voima Venturesは科学とディープテックに特化した北欧最初のベンチャーキャピタルだ。

画像:Voima Ventures

なぜこうした動きが可能になったのか。バサラ氏はこう説明する。

「私たちが政府から期待されているのは『長期でのイノベーションを生み出すこと』です。評価の基準は、研究内容が産業化・商業化にどれだけ貢献したか。研究が大企業で活用されるのか、新たなスタートアップとして立ち上がるのかは問われません

先述のスピノバはその一例だ。VTTの研究員だった創業者2人は、新しい繊維素材のアイデアをひらめき、特許を申請したがその技術を活用できる企業が存在しなかった。「ならば新しい会社をつくってしまおう」と、“スピンアウト”が決まったという。

「(VTTで申請された特許技術が元になっているので)VTTは当初の株式保有者の1社にはなりましたが、私たちの目的は利益を生むことではありません。大規模な製造化までを手がけるのはVTTの役目ではないため、少額の投資はしますが大株主にはなりません」(バサラ氏)

VTTの研究員らが発表しているレポートによると、VTT内部からの投資に対して、近年はVCやエンジェル投資家など外部からの投資が加速している。VTTから「ベンチャーキャピタル」が独立したのも、研究に対するビジネス・投資側のニーズが高まったゆえだろう。

研究から起業生み出す仕組み

VTT Spinoff

VTTのスピンオフ・スタートアップに対する、外部投資家からの投資は近年急増している。

出典:Deschryvere, M., Kumpulainen, M., & Rosso, L. (2019). The promotion of spin-off activities through VTT Ltd and VTT Ventures Ltd, Finland: Case study contribution to the OECD TIP Knowledge Transfer and Policies project

とはいえ「優秀な研究者のほとんどは、必ずしも優秀な起業家ではない」とバサラ氏も語るように、研究所からそのまま商用化できる技術が生まれるのはかなりのレアケースだ。

そのため2019年からはVTTに所属する研究者たちの起業をより積極的に後押ししようと、インキュベーション・プログラム「VTT LaunchPad」をスタートしている。

同プログラムに参加した研究者らは、投資家を紹介してもらえたり、ビジネスプランやチームビルディングに関するサポートが受けられる。これも研究所としてはユニークな取り組みだ。

バサラ氏によると、これまでにVTTから約30の企業がスピンアウトを果たした。投資家からの資金調達を進め、製品化が進んでいる技術も多い。

脱プラ重点領域は「代替素材」と「ケミカル・リサイクル」

今や世界中の政府や企業が競って取り組みを加速する脱炭素。その第一歩とも言える「脱プラスチック」について、フィンランドではどんな取り組みが行われているのか。

バサラ氏は、重点領域としてスピノバやパプティックに代表される「代替素材開発」と「ケミカル・リサイクル」を挙げた。

VTTから生まれた「代替素材開発」分野のスタートアップは、日本にも製品を届けている。

伊藤忠商事が取り扱いを開始した代替素材「PAPTIC(パプティック)」がそのひとつだ。フィンランドの森林由来のパルプを主原料とし、花の包装紙など紙としてのリサイクルが可能な包装資材として期待されている。

パプティック

プラスチック代替素材「パプティック」に包まれたバラの花束。

画像:ROSE GALLERY

ケミカル・リサイクルとは、廃プラスチックなどの使用済みの資源を、化学反応により組成変換した後にリサイクルすることだ。

「使われたプラスチックを小さく分解することで、新たなプラスチックの原材料を生み出すことができます。エネルギー効率の良いケミカル・リサイクルの手法が開発できれば、さまざまな産業に大きなインパクトをもたらします」

こうした研究開発には海外との連携も重要だ、とバサラ氏は指摘した。現在VTTの売上収益の海外比率はすでに約半分(45%)を占めている。この比率を高めていくことが、脱炭素を目指す国際社会における、フィンランドの存在感を高めることは間違いないだろう。

(取材・文、西山里緒

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