2018.12.02

魅惑のプルシアンブルーに秘められた「未来を変えるチカラ」

驚異のアンモニア吸着力で低窒素社会へ

なぜアンモニアを除去しなければならぬのか?

プルシアンブルーといえば、「安全地帯」である。知らない世代のために説明しておくと、「安全地帯」とは玉置浩二がボーカルを務めていたバンドの名前で、『プルシアンブルーの肖像』というヒット曲がある。『ワインレッドの心』のほうが有名かもしれないが、レッドだけじゃなくブルーも売れたのだ。

なんでそんな話をしているかというと、そのプルシアンブルーが「高性能アンモニア吸着材」であることが発見されたのである。なるほど、アンモニアは悪臭の原因だ。体にも悪そうだから、それを吸着してくれれば、そこそこ安全な地帯になりそうな気はする。

だが、「特定の色が、ある物質を吸着する」と聞いても、ちょっと何をいってるのかわからない。真っ先に私の頭に浮かんだ疑問はコレだ。

「ふつうのブルーとかスカイブルーとかブルーバックスの表紙とかじゃダメなの?」

ブルーという色には、なんとなく清潔なイメージがある。そういえば、トイレに置くだけでよいあの芳香洗浄剤も「ブルー」だ。そう思うと、アンモニアを吸着しても不思議ではない気がしますよね。

しかし、その機能が発見されたのはただのブルーではなく、プルシアンブルーなのである。なぜ、ほかのブルーではダメなのか? 

そんな素朴な疑問を抱えつつ、探検隊は産業技術総合研究所に出向き、ナノ材料研究部門の高橋顕さんと川本徹さんにお話をうかがった。

【写真】高橋さん
  高橋さん
【写真】川本さん
  川本さん

「これが、プルシアンブルーという青色顔料です。18世紀初頭に発見されて、葛飾北斎やゴッホが使ったことでも知られていますよね。昔の青写真の一部にもプルシアンブルーの技術が使われていました。いまは絵の具として、ふつうに市販されています」

北斎『富嶽三十六景 神奈川沖浪裏』
ゴッホ『星月夜』
  プルシアンブルーが使われている葛飾北斎の『富嶽三十六景 神奈川沖浪裏』(上)とゴッホの『星月夜』(下) photo by gettyimages

そういって試料を見せてくれた高橋さんの言葉を聞きながら、私は自分の大いなる勘違いに気づいた。プルシアンブルーは「色」の名前としか思っていなかったのだが(実際その意味で使うこともあるが)、その特徴的な色を生み出す「顔料」自体の名前でもある。ここで研究対象になっているのは後者なのだ。

ならば、ほかのブルーではダメなのも当然である。注目すべきは「色」ではなく、形や構造を持つ「物質」としてのプルシアンブルーなのだった。 そのプルシアンブルーが、なぜアンモニアを吸着するのか? という話は後回しにして、そもそも、どうしてアンモニアを吸着したいのか、を聞いた。

悪臭をなくせるのはわかるが、研究の目的は、じつはそれだけでなかった。その背景には、もっと大きな問題が横たわっていたのだ。

それは、「窒素循環量の増大」である。アンモニアの化学式は「NH₃」で、Nは窒素。つまり、アンモニアは窒素化合物だ。いま地球上では、その窒素が循環している量の増大によって、さまざまな問題が起きているのだ。

「人口が増加すれば食料の生産量が増えるので、窒素肥料の使用量も増加します。この50年間で、その量はおよそ10倍になりました。そのため、地球環境を循環するアンモニアも増えており、それが多くの問題を引き起こしています。大気中では酸性雨や地球温暖化、海では赤潮、青潮、アオコなど富栄養化の原因にもなっているのです」(高橋さん)

それに加えて、アンモニアはPM2.5の主要生成物だと考えられている。農業によって排出されるアンモニアが、工業によって排出される窒素酸化物や硫黄酸化物と空気中で結合して、アンモニウム塩(硝酸アンモニウムや硫酸アンモニウムなど)になり、その小さい粒子がPM2.5になるのだ。いまや世界人口の95%はWHOの基準値を超えるPM2.5濃度で生活しているという。

「群馬県で採取されたPM2.5の組成を調べたところ、半分ぐらいがアンモニウム塩だったという報告もあります。農作物や家畜などの食料生産を増やせば増やすほど、PM2.5による健康リスクが高まります。アメリカでは、食料輸出によって得られる利益よりも、それに伴うPM2.5による健康リスクのほうが大きいとする研究結果も発表されています」(高橋さん)

【グラフ】採取されたPM2.5の組成
  群馬県で採取されたPM2.5の組成。年間を通して半分以上をアンモニウム塩(NH4塩)が占めている(熊谷他、大気環境学会誌2010, 45, p10. より数値以外を微修正して転載)

EUでは、PM2.5を減らすのにもっとも効果的な手段は「アンモニアの削減」であるという考えのもと、2030年以降に大気中のアンモニアを19%削減する(2005年比)という目標が掲げられた。環境問題で「削減」といえば炭素(CO₂)のことしか頭になかったが、窒素削減もまた重要なテーマだったのだ。

「それ以外でも、アンモニア除去技術の必要性は高まってきています。たとえば半導体工場では、アンモニウム塩が配線の邪魔になるという問題があります。

また、実用化が進んでいる水素燃料も、アンモニアの処理が課題のひとつです。分解すると水素と窒素になるアンモニアは、それ自体がエネルギーキャリアになりえます。水素自体は貯めるのが難しいけど、アンモニアの状態で移送してから現地で分解すれば、水素を作れますから。その意味ではアンモニアも役に立つのですが、作った水素の中に不純物としてアンモニアが残ってしまうのは困るんです」(高橋さん)

もちろん、「悪臭」の除去もアンモニアをめぐる大きな課題のひとつだ。社会の高齢化が進むとともに、病院や介護施設などの臭いについても、何とかしたいという需要はますます高まっている。

なるほど、たしかにアンモニアの増加はきわめて今日的な問題だ。私も猛然とアンモニアを除去したくなってきたぞ。

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