マーケティングにおいて、誰を主要ターゲットとするか、想定顧客に対してどのような提供価値を訴求するかを明確にする手法「STP分析」。実例を交え、要素の洗い出し方について解説する。

 新規事業としてリリースするかを検討している。既存ヒット商品の売れ行きが落ちている。研究開発から新製品のタネはできたけれども、市場に受け入れられるか分からない……。

 そういった状況下で、闇雲に投資しても成功の確度は上がりません。自社がこれからつくるサービスや、その特色をまずは分析することが重要です。

 そんなときに役立つのが、「STP分析」です。今回はその初級編として、実例を交えながら要素の洗い出し方を解説していきます。

訴求ポイントを明確にする分析

 STP分析とは、セグメンテーション(Segmentation、市場の細分化)、ターゲティング(Targeting、狙う市場の選択)、ポジショニング(Positioning、自社の立ち位置を決定)の3つの頭文字から名付けられた分析法です。誰を主要ターゲットとし、彼らにどのような提供価値を訴求するかを決める大事なプロセスです。

 マーケティングの中でも、特に新製品開発時は「どのような製品(Product)にしよう?」「価格(Price)は?」「プロモーション(Promotion)は?」「販路(Place)は?」といった個別具体的な施策、いわゆるマーケティングミックス(4P)にすぐに飛びつく人がいますが、これは有効ではありません。

 現代では顧客ニーズも多様化し、いきなり製品から考えてもニーズに合わない可能性が大いにあるからです。もちろん、最終的にはそれらの側面を熟考する必要はありますが、その前提条件として、STPをしっかり検討することがマーケティングの成功確率を高めるでしょう。

まずはSとT

 まずはSTPそれぞれの要素について見ていきます。

 セグメンテーション(S)では市場を細かく切り分けます。経営資源は有限であるため、自分たちが最も効率的に成果を上げられるように市場を細分化するわけです。

 セグメンテーションの典型的な切り口としては、地理的変数(都市部/地方、国、都道府県など)、人口動態変数(性別、年齢、所得、家族構成など)、心理的変数(保守的/先進的、環境意識が高い/低いなど)、行動変数(ヘビーユーザーか否か)などがあります。

 例えば、ソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE、東京・港)の家庭用ゲーム機「PlayStation」の主たる購入者は若年層ですが、中年層も少なくありません。人口動態変数も重要ではあるものの、どちらかというと「ゲーム上級者でゲーム機に思い入れが強い」「ゲームを楽しむヘビーユーザー」といった心理的変数、行動変数の軸のほうが肝心です。これは、B to C(消費者向け)ビジネスの例です。

 一方、B to B(企業向け)ビジネスでは、「大企業/中小企業」「業種」などが重要な軸となってきます。例えば、クラウド会計ソフトの「freee(フリー)」は、個人事業主や中小企業を狙うことで他のソフトとの差別化を図りました。

 セグメンテーションでは、一歩踏み込んでユニークな切り口がないかを考えることも重要です。例えば、クラフトビール大手、ヤッホーブルーイング(長野県軽井沢町)の製品「水曜日のネコ」は、ビジネスウーマンが仕事後の午後9時から午後12時の間に飲むシーンを想定してセグメンテーションをしています。次に述べるターゲティングの観点からはニッチ(隙間)市場になるものの、その中で大きな支持を得ているのです。

 さて、市場を切り分けたら、次にターゲティング(T)へと移ります。さまざまな市場セグメント(区分)のうち、実際にどの市場をメインターゲットとしていくかを決める重要な営みです。そこで役に立つのが6Rのフレームワークです。

6Rのフレームワーク
6Rのフレームワーク

 6つのRのうち、特に重要なのは最初の3つです。残りの3つは補助的なものと考えてください。

 最初の2つ、「規模」と「成長性」は市場の魅力度に直結します。一般論としては、規模が大きく成長性が高い市場は魅力的です。ただし、この2つが有望だと、多くの競合が引き寄せられ、俗にいうレッドオーシャン(競争の激しい市場)になりがちです。

 そこで、「規模」「成長性」と3つ目の「競合状況」をてんびんに掛けた上で、どの市場を選択するかを決定するのが一般的です。競争が激しくても魅力的な市場を選ぶのか、それともやや魅力に乏しい市場であっても、そこで圧勝することを重視するのか。絶対的な正解はありません。事前に社内でしっかり意見を擦り合わせることが必要です。

ポジショニングの捉え方

 ターゲットとする市場を選んだら、ポジショニング(P)を検討します。ポジショニングとは、「想定顧客の頭の中に、自社にとって有利な差別化ポイントを植え付けること」とも表現されます。前回「目を閉じても『ペルソナ』がイメージできるまで落とし込めているか」で紹介した通り、ペルソナはポジショニングに関連する要素なので、ぜひ併せてチェックしてください。

 ペルソナに「自社製品やサービスはこの部分で他社に勝っています」あるいは「ここが、ほかにはない独自性です」ということを認知してもらうわけです。ポジショニングとは、自社ならではの提供価値をしっかり検討することとも言えます。

 ポジショニングでは、顧客にとって分かりやすい差別化ポイントを2軸に取り、自社を好ましいポジションに位置付けられるようにマップを策定します。通常、右方向と上方向がプラスとされますから、ポジショニングマップでは自社を極力右上のほうに位置付けられるよう工夫します。

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 上の図はバーガーショップ業界において、「マクドナルド」を主役として描いたポジショニングマップの例です。マクドナルドには優れた点が多々あるので、その中でどれを前面に打ち出すかは悩みどころです。

 かつて安さや速さといった軸を打ち出していた時代もありましたが、最近は平均客単価を上げるような施策を打っています。このため「安さ」を前面に出し過ぎると、具体的な施策と不整合を起こす可能性もあります。

 そこでこの例では、マクドナルドの圧倒的利便性(店舗が多い、駅に近いなど)、そして万人向けである(老若男女を問わない、勉強や仕事など飲食以外での長居もOK)という軸を前面に出してみました。

 これは他のバーガーショップにはない大きな差別化要因として受け入れられやすいでしょう。さらに外食チェーンとして競合する「吉野家」をはじめとする牛丼チェーンとも差別化ができています。牛丼店には勉強や仕事のために長居する雰囲気はほぼないからです。

 もしマクドナルドのライバルである「モスバーガー」がポジショニングマップを作成するのであれば、「健康的」「食材にこだわる」といった軸を打ち出すと、マップ上において自社を右上に位置付けやすくなるでしょう。

 さて、一般的に「速い」「安い」「品質がいい」「安心できる」などは顧客にとってうれしいことであり、ポジショニングマップでも多用されます。ただ、ややありきたりという側面は否めません。

 そこでしばしば用いられる手法が、従来業界に存在しなかった独自性の高い軸を打ち出し、オンリーワンのポジションを取るという手法です。

 例えば、「RIZAP(ライザップ)」はスポーツジムビジネスにおいて、「結果にコミットする」という新たな軸を打ち出すことで、「安さ」や「利便性」という軸で競っていた他のジムとの差別化を図り、成功しました。あえて価格を高く設定したことも、本当にやる気のある人だけを呼び寄せるという効果をもたらしました。

 今や動画配信サービスの雄となった「Netflix(ネットフリックス)」はかつてDVDレンタルをコア(中核)ビジネスとしていて、当時はビデオレンタル大手の「ブロックバスター」がライバルでした。

 そのネットフリックスが2000年前後に打ち出したユニークな差別化の軸が「定額で借り放題」です。今でこそ定額料金のサブスクリプションサービスは当たり前になりましたが、当時としては非常に画期的な戦略でした。

 レンタルビデオやレンタルDVD業者が延滞料金を収益の柱としていた時代に、「延滞料金なし」にしたことも斬新でした。最初は「それでもうかるのか?」という懐疑的な見方が多かったものの、レンタルDVDのヘビーユーザーを引き付け、ネットフリックスが業界でのプレゼンス(存在感)を高めるきっかけとなりました。

マーケティング施策の見直しに活用せよ

 STP分析は、マーケティング施策の有効性を検討する上で便利なツールです。主に下記のようなビジネスシーンで使用します。

「誰に」対してのビジネスかの整合性を確認する
顧客が「何に」困っているか、お金を出したいと感じているかを確認する
既存のマーケティング施策が、ターゲットに刺さるものかを考える
新たなマーケティング施策を打ち出したいとき、市場セグメントに合わせた指針をつくる
マーケティングの全体的な効果を予測する

 STP分析は、具体的なマーケティング施策を考える前にやっておくべき事項です。これを繰り返すことで、ヒット性のビジネスをホームランに近づけていくことができます。

 ぜひ使いこなせるようになりましょう。

■修正履歴
記事内の商品名に誤りがありました。「水曜日の猫」と表記しておりましたが、正しくは「水曜日のネコ」です。お詫びして訂正します。本文は修正済みです。[2022/09/07 11:40]
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