メタバースの概念は、SF作家のニール・スティーブンスンによる1992年発表の小説『スノウ・クラッシュ』(早川書房)に登場するインターネット上の仮想空間がルーツといわれている。

 それから30年がたち、空想の世界は現実のものとなっている。高性能なVR(仮想現実)ヘッドセットが登場し、人々はそれを着用してVRで「もう一つの別の世界」にダイブし、そこでコミュニケーションを取ったり、経済活動を行ったりすることが技術的にも可能になってきている。

 メタバースという言葉自体は、2021年10月に旧フェイスブックが社名をMeta Platforms(メタプラットフォームズ)に変更し、年間100億ドル(約1兆3500億円)もの投資を行うことを公言したことで急速に注目を集めた。「メタバース狂騒曲」ともいえる事態になったことで、多くのビジネスパーソンは断片的に情報をかじって“知っているつもり”になっていることが多いように感じる。そこでよくある誤解が次の3つのポイントだ。それぞれ詳しく解説していこう。

誤解(1)セカンドライフの二の舞いになる
誤解(2)NFT(非代替性トークン)、Web3(ウェブスリー)=メタバース
誤解(3)VRデバイスは普及しない

誤解(1)セカンドライフの二の舞いになる

 メタバースを語るとき、必ずといっていいほど引き合いに出されるのが米Linden Lab(リンデンラボ)の「Second Life(セカンドライフ)」だ。今から19年前の03年6月に運営が開始されたバーチャル空間で、「リンデンドル」と呼ばれるデジタル上の仮想的な通貨を使い、ワールド内で3D制作物や、バーチャル空間上の土地を売買する、つまり経済活動ができたことが当時は画期的なものだった。

“早すぎたメタバース”といわれるセカンドライフ。現在もサービスを継続中(出所:米Linden Lab)
“早すぎたメタバース”といわれるセカンドライフ。現在もサービスを継続中(出所:米Linden Lab)

 22年現在でもセカンドライフ自体はサービスを継続しているが、大ブームを巻き起こした当時の勢いとはほど遠く、主流のサービスになっているとは言い難い状況だ。これを受けてよくある言説が、「メタや他の会社が目指しているメタバースも、セカンドライフの二の舞いになるのでは?」というものだ。しかし、当時と、現在では大きく3つの違いがある。

 違いの1つ目は、「技術の進歩」だ。これまでのメタバース(的なサービス)では、サーバーの処理能力や端末の描画能力の限界などに直面し、同時に多くのキャラクター(アバター)を画面に表示し、それぞれの動作を遅滞なく他の人にも同じように表示することは技術的に困難だった。それはセカンドライフも同様の問題を抱えていた。

 近年は、パソコンの処理能力の向上により、これらの障壁が取り除かれつつあり、より多くの人が同時に空間上に存在し、密度の高いコミュニケーションを行えるなど可能性が拡大した。例えば、大人数で同時にバーチャル空間に接続してプレゼンや講演を行うこと、コンサートやライブなどを行うことも可能になっている。

 2つ目は、「投資やユーザー規模の大きさ」だ。米モルガン・スタンレーはメタやグーグル親会社のアルファベット、ゲームプラットフォームのRoblox(ロブロックス)などを念頭に、「メタバースは8兆ドル(約1080兆円)規模の市場となる」との予測を公表しているほどだ。この中には既存の市場も含まれていると思われるが、新たに生まれる市場への期待感は大きい。

 また、ユーザー規模の面では、Metaを例にとると、これまでフェイスブックで築いてきたユーザー基盤を転用できることがメタバース構築の大きな足掛かりとなる。同社のメタバースは、当初から全世界の約30億人といわれるフェイスブックの月間アクティブユーザーにアプローチできることになる。さらに同社は他にもInstagram(インスタグラム)やWhatsApp(ワッツアップ)など、10億人以上の月間アクティブユーザーを抱えるサービスを運営している。

 こうした既存サービスのユーザーが日常的にメタバースの世界でビジネスやアートなどの活動をする可能性があることから、サービスのネットワーク効果の価値は初期から非常に高いものになる。ユーザー獲得を一から始めたセカンドライフとは出発点で大きな違いがある。

 3つ目は、すでに多くの人々が「仮想空間での活動」に慣れている点だ。ゲームを含めた領域でメタバースと呼べそうなサービスはいくつも出現している。例えば、20年3月に任天堂が発売した「あつまれ どうぶつの森」(通称あつ森)だ。あつ森はゲームの枠を超えた領域で人々に受け入れられ、活用されている。

 21年7月にはJTBの若手社員があつ森内に「JTB島」を作成し、旅の疑似体験を提供した他、アートの展示、選挙活動での利用、地域振興策への活用などが実現されている。新型コロナウイルス禍で人々がリアルに交流できなかったことをむしろ追い風とし、人々や企業の間にメタバースの概念や仮想空間での活動が根付いてきている。

 ここまで挙げてきた3つの理由で、セカンドライフ時代からは進んだ世界が切り開かれようとしていることが分かるだろう。メタバース上の体験は大規模な人数を巻き込んだリッチなものとなり、かつ、人々がそれを受け入れる土壌も育っている。セカンドライフの二の舞いにはならないと私は考える。

誤解(2)NFT、Web3=メタバース

 メタバースにおいては、「The Sandbox(ザ・サンドボックス)」や「Decentraland(ディセントラランド)」などのブロックチェーンゲーム・サービスが、NFTを生かそうという試みである。例えば、ザ・サンドボックスのゲーム内では、プレーヤーが$SAND(サンドボックスによるトークン)を使って、自分が所有するバーチャルな土地の構築や売買などを行える。

 ザ・サンドボックスやディセントラランドは、プレーヤーがゲーム内で遊んでいるうちに、ゲームにおける資産がたまっていき、それを売買することでトークンを稼ぎ、トークンを法定通貨に変えることもできる。このようなビジネスモデルを「Play to Earn(プレイ・トゥ・アーン、遊んで稼ぐ)」と呼ぶ。新興国を中心に、こうした形で一日中ゲーム内で活動し、Play to Earnのゲームで稼いで生計を成り立たせているプレーヤーも出てきている。

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