伊藤忠商事の今後の成長の鍵は、グループで抱える多様な事業とデジタルの融合だ。そのための「資源」となるのが、さまざまな現場から出てくる多様なデータ。デジタル企業群の構築に乗り出し、「次世代商人道」を突き進もうとしている。その戦略とはどのようなものか。

■連載予定
(1)伊藤忠の下克上、負け癖払拭した岡藤流「逆張り×統率」
(2)伊藤忠、知られざる「デジタル群戦略」 ライバルはアクセンチュア(今回)
(3)「コツコツ型」伊藤忠vs「資源依存」の三菱・三井 財務で見る商社3強
(4)日立建機出資の舞台裏 なるか「総合」の再定義
(5)岡藤会長インタビュー「慢心すれば、一瞬で落ちる」
(6)「経営者が育つオオカミの集団であれ」OB座談会
(7)「安定成長こそ強さ」鉢村CFOインタビュー

 新卒学生の採用活動が本格化しようという2月28日、「メタバース伊藤忠商事東京本社」がオープンした。学生は自分の分身である「アバター」を動かし、現役社員や内定者を紹介する執務フロア、SDGs(持続可能な開発目標)への取り組みを動画で流すスタジオなどを行き来できる。下のイメージは、VR(仮想現実)で忠実に再現した本社1階に立つ「アバター版岡藤正広会長CEO」だ。

メタバースで再現された本社に立つアバター版の岡藤正広会長CEO
メタバースで再現された本社に立つアバター版の岡藤正広会長CEO

 メタバース本社は、この4月入社の内定者によるコンペで勝ち残った案を基に、IT子会社の伊藤忠インタラクティブ(東京・港)が1カ月で完成させたもの。「社員と話せないので社風が分かりづらい」といった学生の悩みを解消する狙いがある。内定者の一人は、「どこまで学生の意見が反映されるか半信半疑だったが、積極的に取り入れられた」と話す。

学生は、メタバース内を歩き回り、伊藤忠についての情報を得ることができる
学生は、メタバース内を歩き回り、伊藤忠についての情報を得ることができる

 資源ビジネスに依存せず、デジタルを成長の柱にする伊藤忠にとり、現場の困り事や課題は利益の源泉となる。現場とデジタル企業群が連携しながら課題を解決し、マーケットを深掘りする。メタバース本社は、データを資源とする「デジタル商人道」の象徴とも言える。それは、既に取引先の現場に入り込み始めている。

伊藤園の商品開発を支えた「フーデータ」

 伊藤園が3月28日に発売した新商品「TULLY’S COFFEE 抹茶がおいしい抹茶ラテ」。商品企画の段階から伊藤忠が開発した「FOODATA(フーデータ)」を活用した。

 既存商品は「抹茶の濃厚感が足りない」「抹茶の味をもっと感じたい」という不満の声が少なくなかった。新商品は2種の抹茶をブレンドし、ミルクと合わさると抹茶の甘みとほのかな渋みが感じられるようにした。

 フーデータは味覚データやSNSなどでの消費者の反応、売れ行きなどを統合して分析し、商品コンセプトやマーケティングに生かすシステムだ。今回、裏付けられたのが「濃厚感の不足」。試作品の味を分析して、コンセプト通りの味わいになっているかを確認し、完成にたどり着いた。

 フーデータは次の食品のトレンドを発掘する力もある。例えば、牛乳に代わる飲み物として注目される植物性ミルク。豆乳やアーモンドミルクといった候補の中から、オーツ麦由来のオーツミルクの潜在力が高いとした。オーツミルクは知名度が低く、植物性ミルク市場のシェアは約1%にとどまるが、味は最も牛乳に近い。フーデータでは、日常の飲用シーンと合わせて販促をかければ伸びるとの仮説が浮かび上がった。

 食品流通は原料サプライヤー、メーカー、問屋、小売業者などが介在する複雑な構造だ。フーデータは、そのために分断されているデータを生かせないかという伊藤忠の食料部門の課題から生まれた。商流の間に入り込む伊藤忠なら、データを統合できるという発想だ。実際、味覚分析や販売データ管理、消費者調査などの各機能はその大半を伊藤忠の子会社・出資先が担う。50社以上が利用しており、家電メーカーやデベロッパーにも需要があるとみている。

 業界に精通する現場の着想を支援したのが、情報・金融カンパニーだ。デジタル企業群のラインアップを整えDXの要となる同カンパニーは、「群戦略」と銘打ちM&A(合併・買収)や出資を進めてきた。

ソフトバンクとの違いは「商流」

 ビジネスのDXにも上下流がある。課題を浮き彫りにするコンサルティング、解決のヒントを探すデータ分析、ITシステム構築、検証後に運用を担うBPO(業務の外部委託)という流れだ。トータルで引き受ければ実入りも大きいが、それだけライバルも多い。実際、数年前から情報・金融カンパニーの中核子会社、伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)が受注で劣勢になるケースが増えた。

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 強力なライバルの一社が米アクセンチュアだ。外資系コンサルティング会社の中でもIT系に強く、M&Aなどを通じてDX領域を急速に広げている。ほかにもNTTデータや富士通、ITベンチャーも競合相手となる。

 岡藤会長の危機感を高めたのが、2017年の米アマゾン・ドット・コムによる高級スーパー、米ホールフーズの買収だ。巨大テック企業が本格的にリアルに進出すれば、産業構造が大きく変わる。商社の利益の源泉であるバリューチェーンが、デジタル企業に侵食されかねない。

 DXの方策を立案し、実現するには、伊藤忠が持つ武器の多機能化が不可欠。情報・金融カンパニーの新宮達史プレジデントは、「数年かけて、企業群がようやくそろった」と語る。アクセンチュアのコンサル領域には及ばないと認めつつも、「このまま負けるとは全く思っていない」と語る。

 勝算はどこにあるのか。まず、成功体験をつくる「現場」を持っていることだ。コンサルは収入源として手数料を確保する必要があるが、DXでは効果が見えるまで時間がかかる。先行費用に耐えつつ、現場とデジタル担当が粘り強く試行錯誤を続ける必要があるため、実証段階で挫折しがちだ。

 そこで伊藤忠は、各カンパニーやグループ各社のDXについて、先行投資を本社が負担する仕組みを導入。一つの例が天然ゴム事業だ。数億円と約2年の歳月をかけて、ゴム農家の産地情報を加工メーカー、タイヤメーカーまで追跡できるブロックチェーンシステムを構築。環境破壊や人権侵害がないことを保証し、販売単価を引き上げる試みだ。

 食品卸子会社日本アクセスと取り組むファミリーマート向けのサプライチェーン最適化では、2年半をかけて在庫の30%削減といった効果を生み出している。軌道に乗った今なら、「同じことを素早く低コストで実装できる」(担当者)。こうした事例は300件超蓄積され、外販に踏み出す時機が来た。その先行例がフーデータというわけだ。

 DXの力となる企業群は、出資比率が数%にとどまる企業も含む。「出資させてくれないか」と交渉しても、渋る企業が少なくないからだ。

 企業群は各分野で専門的な力を持つ「トップ企業」で独立心が強い。とはいえ個々で戦っても、アクセンチュアのような巨人には勝てない。伊藤忠にとっても、顧客の要望に寄り添うはずの企業群が自らの子会社ばかりでは、押しつけになりかねない。

 関川潔情報産業ビジネス部長は「Best of Breed(最適な製品群によるシステム構築)を伊藤忠グループとして提案するための最適な間合いを目指す」と話す。他人だと機動的に顧客対応ができないが、親子だから最良とは限らない。

 「群戦略」を掲げる企業といえば、ソフトバンクグループ(SBG)がある。「情報革命」を起こすため、世界中の有力企業に出資し、シナジーを生もうとしている。

 過半出資にこだわらない点は共通するが、伊藤忠の堀内真人情報・通信部門長代行は、「SBGが投資先の成長を志向した戦略としたら、伊藤忠はDXを望む顧客のための戦略だ」と語る。投資会社となったSBGと異なり、商流を持つ伊藤忠は顧客と直接向き合うため、マーケットインの色合いが濃い。

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