スマートホームを体感してもらうため米アマゾン・ドット・コムが開設していたモデルハウス。8月5日に買収を発表した米アイロボットのロボット掃除機「ルンバ」も重要な“パーツ”の1つとなっていた(写真:後藤文俊)
スマートホームを体感してもらうため米アマゾン・ドット・コムが開設していたモデルハウス。8月5日に買収を発表した米アイロボットのロボット掃除機「ルンバ」も重要な“パーツ”の1つとなっていた(写真:後藤文俊)

 米アマゾン・ドット・コムは2022年8月5日、ロボット掃除機「ルンバ(Roomba)」で知られる米アイロボット(iRobot)を、負債を含めて約17億ドル(約2300億円)で買収すると発表しました。

 02年にルンバを発売したアイロボットは、いわゆるロボット掃除機に多くのイノベーションをもたらしたリーディングカンパニーです。一方のアマゾンも家庭用見回りロボット「アストロ(Astro)」を発売したり、18年にセキュリティーカメラ事業の米リング(Ring)を買収したりして、スマートホーム分野に力を注いできました。

「そこまでするか」と感心

 アマゾンがスマートホーム分野に注力していることは、もしかすると日本からはよく“見えない”ことなのかもしれませんが、米国には、それが目に見える形で体現された施設がありました。アマゾンが米住宅建設大手レナーと提携して、18年から展開していたモデルハウス「アマゾン・エクスペリエンス・センター(Amazon Experience Center)」です。

アマゾンがレナーと提携して展開していたモデルハウス「アマゾン・エクスペリエンス・センター」(写真:後藤文俊)
アマゾンがレナーと提携して展開していたモデルハウス「アマゾン・エクスペリエンス・センター」(写真:後藤文俊)

 当時、カリフォルニア州ロサンゼルスやテキサス州ダラス、ワシントンD.C.など米15都市近郊に設けられていたこのモデルハウスは、建物の隅々まで届くWi-Fi環境が整備され、スマートスピーカー「エコードット(Amazon Echo Dot)」や「エコーショー(Echo Show)」、買収したばかりのリングのIoT(モノのインターネット)機器などがあちこちに設置された、「ちょっと先の未来」を体感できる施設でした。

 筆者は何度か訪問していますが、そのたびにセンターに常駐しているスタッフが、エコーを通じてスマート家電を音声で操作してみせたり、(現在は取り扱いを終了した)「ダッシュボタン(Dash Button)」や「ファイアTV(Fire TV)」の使い方を丁寧に説明してくれたりしました。

 その後、ベッドルームに移動して「アレクサ、おはよう(Alexa, good morning)」と話しかけると、部屋の照明がやんわりと点灯。窓のシェードが一斉に巻き上がり、「おお、すごい仕掛けだ」とうなったものです。

モデルルーム内のベッドルーム。ここで「アレクサ、おはよう」と話しかけると、部屋の照明が点灯し、窓のシェードが一斉に巻き上がった(写真:後藤文俊)
モデルルーム内のベッドルーム。ここで「アレクサ、おはよう」と話しかけると、部屋の照明が点灯し、窓のシェードが一斉に巻き上がった(写真:後藤文俊)

 さらに、エコーからはプライムミュージック経由のBGMがさりげなく流れ、その日の天気を知らせたり、(事前に登録しておけば)自宅から勤務先までの通勤時間を、その時の交通状況を勘案して「1時間20分です」などと教えてくれたりもしました。一方、「アレクサ、おやすみ(Alexa, good night)」と話しかけると部屋の照明とBGMが消え、さらに玄関のドアに自動で鍵がかかる仕組みになっていて、「そこまでするか」と感心したことを覚えています。

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 一方、ちょっとした遊び心を感じたのは、リビングルームで「アレクサ、ムービータイム(Alexa, movie time)」と話した時です。映画を気持ちよく鑑賞できるよう、部屋のシェードが自動で下がり、照明が暗めになり、その後、テレビがつくという仕掛けになっていたのです。

モデルルーム内のリビングルーム。「アレクサ、ムービータイム」と話しかけると、部屋のシェードが自動で下がり、照明が暗めになり、テレビがつく(写真:後藤文俊)
モデルルーム内のリビングルーム。「アレクサ、ムービータイム」と話しかけると、部屋のシェードが自動で下がり、照明が暗めになり、テレビがつく(写真:後藤文俊)

 また、キッチンで「アレクサ、パーティーを始めるよ(Alexa, start party time)」と話しかけると、シェードが下がるだけでなく、ノリの良い音楽がかかり、キッチンの間接照明が自動で色合いが変化するパーティー仕様になったことも、興味深い思い出です。

アマゾン・エクスペリエンス・センター内のキッチン(上)。アレクサに「アレクサ、パーティーを始めるよ」と話しかけると(下)、ノリの良い音楽がかかり、間接照明の色合いが変化(写真:後藤文俊)
アマゾン・エクスペリエンス・センター内のキッチン(上)。アレクサに「アレクサ、パーティーを始めるよ」と話しかけると(下)、ノリの良い音楽がかかり、間接照明の色合いが変化(写真:後藤文俊)

アマゾンだけで事足りる?

 他にも、室温を自動調整するスマートサーモスタット装置や手ぶらで家から出入りできるキーレスエントリー機能が備えられ、さらにキッチンにはダッシュボタンが複数設置されていました。パントリーにはクリネックスのティッシュペーパーやレッドブルの飲み物、バウンティのペーパータオルなどが置かれ、棚に貼られているダッシュボタンで、そうした商品を簡単に注文できるようイメージさせる仕掛けがありました。

 実は、このモデルルームにはルンバもあったのです。「アレクサ、掃除して」と話すとルンバが動き出して掃除を始める。当時から、アマゾンが描くスマートハウス構想にとって、ルンバは重要な要素の1つだったわけです。

 このモデルルームは、(スマートハウス仕様の住宅が完売した)19年の春ごろまで設けられていたのですが、その間、私は何度かクライアントを連れて視察をしています。大抵の人が「言葉少な」だったことが印象に残っています。

 日本だと「アマゾンはネット販売の大手」というイメージが強すぎるためか、「スマート住宅の分野にまで、本気で進出しようとしている」ことに少なからぬショックを受けたのだろうと思います。

 あるクライアントと訪問した際に、その中の一人が「こんなに便利になるなら、家の近くにスーパーがあっても、アマゾンだけで事足りるな……」とつぶやいたこともありました。

 現在、スマートホームなどを含むDX(デジタルトランスフォーメーション)について、様々な人が様々な説明をしています。私はその本質はパーソナライゼーションだと考えています。そして、DXの本質をクライアントなどには、「カーシート」の例を使って説明することがあります。

 一般にカーシートは、クルマに乗る人の体格に合わせて前後にスライドさせたり、高さを上下したり、背もたれの角度を変えたりできますね。

2300億円は高くない?

 最近ではシート自体が暖かくなったり、冷たくなったり、サイド部分が膨れて包み込むような形になったり、マッサージまでしてくれたりする高級車もあります。今は手動だったり一部機能だけが自動化されていたり、というケースが多いわけですが、もう少ししたら、全てのクルマで、乗る人のパーソナルデータやシートに装着したセンサーにより、あらゆる機能が自動でパーソナライズされるようになるかもしれません。

 流通分野のDXも同じように、様々なデータを分析して、買い手の好みやライフスタイルに合わせて、商品を提案したり、販売したりしていく方向にビジネスモデルを進化させることが必要になります。

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