インターネット黎明(れいめい)期から、広告ビジネスの確立や市場拡大に尽力してきた、博報堂DYメディアパートナーズ・矢嶋弘毅社長。2017年の社長就任後、19年に発足した新規事業開発組織の「ミライの事業室」や、同年誕生した博報堂DYベンチャーズにおけるベンチャー投資など、いち早く将来を見据えた事業を描き、具現化してきた。広告の主戦場がデジタルに移った今、まさに大きな潮目を迎えているマス4媒体の広告は、今後どう変わっていくのか。そしてインターネット広告は今後どのように発展していくのか。WiL代表・伊佐山元が聞く。

(構成:佐藤友美)

矢嶋 弘毅(やじま・ひろたけ)
矢嶋 弘毅(やじま・ひろたけ)
博報堂DYメディアパートナーズ代表取締役社長。1961年東京都生まれ。一橋大学社会学部卒業。84年、株式会社博報堂に入社、研究開発部門、マーケティング部門などで、研究調査や広告戦略プランニングに携わる。96年、博報堂をはじめとする大手広告会社や媒体社の共同出資によるデジタル・アドバタイジング・コンソーシアム(DAC)の設立に尽力し、設立と同時に代表取締役社長に就任。2016年、D.Aコンソーシアムホールティングスの設立に伴い会長に就任。20年博報堂DYホールディングス副社長、21年博報堂取締役を兼務。(写真:的野弘路)

博報堂DYグループは、新規事業開発を推進する「ミライの事業室」を持ったり、博報堂DYベンチャーズのようなコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)を持ったりしていますよね。矢嶋社長は、早くから「広告の次の形」を模索されてきたように感じます。

 (通信規格が)4Gから5G(高速通信規格)へとインフラが進化してきた頃、メディアは大きく変わるし、僕らのビジネスも変わると感じました。「印刷技術をベースにした広告ビジネス」「放送技術をベースにした広告ビジネス」に、「通信」がプラスされるとき、どのようなビジネスがあり得るかを考えなくてはと思ったのが第一ですね。ゲームやEC(電子商取引)という道もあるけれど、まずは「広告」の領域で、新規事業を考えていこうと。

 我々のように広告会社が新規事業を考えるケースもあるけれど、いろんな業種からの参入障壁が低くなっていくはずだから、逆に広告事業に新規参入してくる企業もあるはずだ。その前提で新しい事業を考えようとしているのが「ミライの事業室」です。私たちなりの深化と探索、両利きの経営のようなものでしょうか。

 三井物産さんとの共同事業である「shibuya good pass」のような生活者との共創型まちづくりサービスや、Z世代を中心とした生活者の声を対象に脱炭素関連の商品やサービスを共創する「Earth hacks」など、これまでの広告会社としての枠を広げる事業に取り組んでいます。

博報堂DYグループはあらゆる業界のクリエーティブをサポートしてきた歴史がありますよね。新規事業をつくる際、これまでのクライアントのビジネスと衝突することがあるのではないでしょうか。

 大きなコンフリクト(利益相反)が問題になるくらい、成長できる事業をつくれたら、それはむしろうれしいことかもしれませんが実際にはクライアントの競合になるのではないかということを、最初から真剣に考えるケースは、今のところはそこまでないと思うのです。むしろ、我々の強みの1つは社名にもあるように、「パートナー主義」。自社で100パーセントをつくるというよりは、パートナーと一緒に新しい事業をつくっていくというパターンが多いです。

なるほど。あらゆる業界の企業をクライアントに抱えているということは、実はアライアンス(提携)が組みやすいと、ポジティブに見ることもできるわけですね。

 うちの会社は、伊佐山さんのWiLに出資社として入っているけれど、ここで出資社同士がつながりを持って一緒の共同事業をつくっていけるのは、いいですね。その会社と組む大義名分が立ちやすい部分もあって。

伊佐山 元(いさやま・げん)
伊佐山 元(いさやま・げん)
WiL代表。パートナー企業(出資企業)に眠る社内IP(知的財産)を活用した新規事業創出や企業内起業家の育成にも力を入れている(写真:山田愼二)

矢嶋さんというと、インターネットの黎明期から、ネット広告ビジネスをはじめとする市場の拡大に貢献されてきましたよね。矢嶋さんの声かけでスタートした、大手広告会社や媒体者の共同出資による、DAC(デジタル・アドバタイジング・コンソーシアム、1996年設立)は上場もしました。当時はどのようなことを意識されていたのですか。

 デジタルビジネスの会社はたくさんあるけれど、何でもうけているかというと、それぞれ得意分野が違います。例えば、米国勢ではGoogleやFacebook(現Meta)のように広告収益でもうけている会社、Netflixのようにゲームや映像などのコンテンツ課金で収益を上げる会社、そしてAmazonのようなECの会社。Amazonは最近、クラウドサービスのAWS(アマゾン・ウェブ・サービス)があるけれど、だいたいこの3つの収益モデルに集約されていると思います。

 そして、どの会社もそれぞれの本業がメインのビジネス基盤となっている。広告とコンテンツの両方に踏み込んでうまくいった会社もあるが、多くの会社は本業以外の領域も同時並行でやろうとすると難しい。

 実際には、本業を広告からゲームに切り替えたり、ECからゲームに切り替えたりして、成功している企業はありますので、そういう舵(かじ)の切り方はあるけれど、複数の事業を同時に急拡大させていくのは、なかなかうまくいかないように見えます。

 だから、僕がDACにいたときは、「“広告事業”から外れないようにしよう」と思ったのです。まずは、自分たちの強みを提供し、他社の強みと掛け合わせていくことで、新たな価値を創造していこうと。

 ただ、先にも話したように、デジタル化の加速によって、あらゆる既存領域の境が取り払われつつあるから、「本業と無関係の事業」自体、そもそもなくなってきているとも感じます。

新しい事業を立ち上げ、失敗しながら正解を模索する経営を目指すと、最後は人材勝負になりますよね。博報堂DYグループの人たちに対して、どんなメッセージを発信されていますか。

 とにかく変化対応力が重要だと。そして、ダメだと思ったらすぐやめたほうがいいよって。失敗してもそれは成功の元になるわけだから、失敗なんか全然恐れなくていい。失敗したから評価が下がるなんてことはないと強く言いますね。

トップがそう言っても、実際には「いや、失敗したら偉くなれないぞ」と考えている人は日本の組織には多い気がします。挑戦できる雰囲気はどうやってつくるのでしょうか。

 昔に比べ、役員や上位経営層の研修やトークセッション、議論をする場を多くつくるようにしています。伊佐山さんのいるシリコンバレーにも、ずいぶん役員を送っていますよね。僕も初期段階でシリコンバレーに行って知見を広げました。

『両利きの経営』の提唱者として知られるチャールズ・A.・オライリー氏の話を聞いてもらいましたね。日本の大企業の偉い人たちが、研修でシリコンバレーにきて若者に交じって勉強をするなんて「ちょっと勘弁してくれよ」と思うところもあるでしょう。ですが、博報堂DYグループの人たちは、それがない。

 まだまだですが、以前に比べると役員が一番勉強して、一番働いて、一番優秀になっていかないとダメだよねという空気ができてきたように思います。今でも、博報堂DYメディアパートナーズでは、年に1回は役員が泊まり込みでディスカッションをするような場を設けています。

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