大企業からスタートアップまで200社を超える企業の経営相談に応じてきた西口一希氏が新たに、書籍『企業の「成長の壁」を突破する改革 顧客起点の経営』を出版した。昨年、日経ビジネス本誌および電子版に掲載した連載をベースにしながら大幅に加筆し、改めて構成した1冊だ。
西口氏はロート製薬の「肌ラボ」、ロクシタンジャポン、スマートニュースなど、事業会社で多岐にわたる商品やサービスを成長させてきた。その経験をもとに、BtoB、BtoCを問わず、さまざまな企業の経営を支援してきた結果、「あらゆる企業がぶつかる『事業成長の壁』『収益性の壁』を乗り越えるための鍵が見えてきた」と言う。その鍵とは「顧客理解」だ。
第2回となる今回は、顧客の捉え方を聞いていく。西口氏は「多くの経営者が、実は自社の顧客を理解していない」と指摘する。さらに「自社の『顧客の定義』が曖昧なため、経営が語る『顧客』と現場が語る『顧客』がばらばらで、さまざまな施策が生かされない例も多い」と言う。まずは顧客を理解できているか確認する方法を尋ねた。
(聞き手は日経ビジネス編集部・村上富美)
「顧客を理解している」という思い込みに潜む危険性
第1回(「必要なのはインフレ対策ではなく『価値』の追求」)で、西口さんは「多くの経営者は顧客を理解していない」と指摘されました。経営者の方々は「自分は顧客を理解している」とお考えだと思うのです。果たして顧客を理解しているか、確かめる方法はありますか?
西口一希氏(以下、西口氏):まず、現在どのような顧客が自社の商品やサービスを買っているのか、なぜ買っていただいているのかを把握することが顧客理解の第一歩になります。個人顧客、法人営業ならばクライアント企業の特性と、自社プロダクトを買う理由を書き出してみるのです。
どのような「便益」があるから、自社プロダクトを買っているのか。同時に、どのような「独自性」があるから他社プロダクトを選ばないのか。また、以前はクライアントだったのに離れてしまったケースでは、何らかの理由があるのか。どうすれば復帰するのか。そう考えていくと、意外なほど、自社の顧客がどのような方なのかを把握できていないことに気付けると思います。
ある程度、売れているプロダクトだと、一定の売り上げがあることから「自社プロダクトは顧客に支持されている」という前提に立ってしまうことが多いです。それも、顧客が見えていないことに気付けない要因です。
現場では顧客理解が進んでいても、経営層が理解できていないために、収益が伸び悩むこともありますか?
西口氏:はい、現場の方が密に顧客に向き合っている場合は、そうした状況は往々にしてあると思います。
例えば、営業担当者は売り上げを伸ばすため、言われずともクライアントを探しに行き、説得して購入いただくために自社プロダクトをアピールしますよね。
ここで通り一遍のセールストークしかできない担当者と、そのクライアントのニーズをつかみ、自社プロダクトのどこに焦点を当てるべきかを考えて工夫できる担当者では、当然ながら後者のほうが商談を成立させていきます。
つまり、顧客理解ができる営業ということですね。
そうした優れた現場担当者や部署の中には、これまで売り上げを支えてきた顧客や離反しそうになっている顧客、これから獲得できる潜在顧客がどんな人なのかという暗黙知はあると思います。ただ、それらの差が何なのかは、体系的に理解されていないので、共有されず、組織の力につながりません。
それぞれの層の人数や、例えば去年から今年にかけて動いた数も、つかめていないと思います。新規顧客数、あるいは自社の顧客か競合の顧客か、という程度は見えているかもしれませんが、これではマーケット全体を定量的かつ構造的に捉えるには不十分です。
なぜ買っているのかといった顧客の心理、どのような方が顧客になりえるのかという顧客の多様性、そして常に動いている顧客の動態の3つを理解することが、顧客起点の経営にとって重要です。
経営層と現場が同じ“地図”を見られるように
書籍『顧客起点の経営』では「顧客起点の経営構造」など複数のフレームワークを紹介し、これらを経営層と現場との間や部門間をつなぐ「共通基盤」として活用することを提案しています。立場によらず、皆が論理的に顧客に向き合えるようになる、と。
西口氏:はい。共通基盤ができるということは、つまり、共通の言語でコミュニケーションを図れるようになる、とも言えます。例えば『顧客起点の経営』で提唱する第3のフレームワーク「顧客動態(カスタマーダイナミクス)」は、ロイヤル顧客なのか、知っているけれど購入したことはない潜在層なのか、それともまだ知りもしない未認知の潜在層なのか、といった各セグメントを人数で把握し、その動きを追うので、客観性があります。そして数字をベースにPDCA(計画・実行・評価・改善)を回していくので、再現性もあります。
どの企業においても、ロイヤル顧客を継続的に増やしていくことは、事業存続の要のひとつです。定期的にカスタマーダイナミクスの人数を把握し、ロイヤル顧客の人数が増えれば、その間に実施した施策が奏功したとわかりますよね。
狙い通りの成果が数字で見て取れれば、強化すればいいし、うまくいっていなければ変更すべきだという皆が納得する判断を下せます。このフレームワークは、経営層から現場までの皆さんが一緒に見る地図になるのです。
皆が共有する地図が経営にも必要ということですね。西口さんがそうお考えになるには理由があるのでしょうか。
西口氏:事業会社の内部で、その業界だけを見ていたときと違って、自分がまったく知らない業界の企業のサポートをさせていただくようになって見えたのは、経営トップと他の経営陣、あるいは経営と部門長や現場とで、お客様の定義がばらばらだという事実でした。
顧客を定義し、人数や社数で把握する
お客様の定義がばらばら、とは?
西口氏:いろいろな会議に参加させていただくと、皆さん「うちのお客様は」という言葉を使われます。言葉は同じでも、経営トップがそれを発するときの「お客様」像と、他の経営陣、部門長、そして現場の方々が話すときの像が、まったく一致していないのです。そして、一致していないことに気付いていない。
皆さんがそれぞれ「お客様のために」と思って働きかけていても、経営トップが浮かべるイメージは10年来のロイヤル顧客である一方、部門長は最近獲得した顧客を、現場の方々はまさに今商談中の顧客を思い浮かべていたりするのです。これでは、どれだけ長時間の会議をしても、意味ある結論には到達できません。
仮にクライアントを増やそうという新規顧客獲得の議論に絞ったとしても、経営陣は競合プロダクトのユーザーを奪取することを考え、部門長は調査データから見えた潜在顧客の獲得を想像し、さらに現場の方々は直近で商談した方をイメージするかもしれません。この“像”が一致しない、すなわち共通した「顧客の定義」が曖昧なまま施策を展開しても、結局どの顧客に響いているのかがわかりません。そんな事態がとても多いと思います。
顧客を定義する際、考え方のポイントはありますか?
西口氏:難しく考える必要はありません。まずは、顧客が誰なのかを定義することが第一歩なので、自社が「こういう方(あるいは企業)に購入してほしい、使ってほしい」と考える内容でかまいません。
例えば幅広い年齢層に使っていただくことを想定している化粧品なら「20~60代の女性」になるかもしれませんし、もっと特徴的な商品なら、さらに「美白に強い関心がある人」などの条件が付くでしょう。20代向けに開発していた商品が、前述のように「今どのような人が買っているのか」を確かめた結果、むしろ30~40代によく売れていたとしたら、それを機に顧客の定義を書き換えていけばよいのです。
顧客を定義すると、マーケット全体が可視化されます。20~60代の女性なら、総務省統計局の人口推計データから、実数を知ることができます。BtoBでも、公表されているマーケット規模データや事業者リストなどから、自社のクライアントが最大で何社になりそうか、推計できます。
このとき大事なのは、大ざっぱでもかまわないので、仮に自社が100%シェアを獲得した場合に顧客数やクライアント数がどのくらいになるかを数字で捉えることです。それができれば、本書で紹介している顧客を5層に分けてその動態を追う「5segs(ファイブセグズ)カスタマーダイナミクス」や、同じく9層で分析する「9segs(ナインセグズ)カスタマーダイナミクス」も各層を数字で管理でき、社内で共通して使える客観的で科学的な基盤になり得るのです。
日系企業と外資系企業、顧客理解が進んでいるのは?
西口さんは外資系企業でのキャリアをお持ちです。書籍内で日系企業と外資系の比較もありましたが、日系企業は『顧客に対する理解が弱い』傾向があると思われますか?
西口氏:企業文化の差異も大きいので、一概には言えません。ただ日系企業のほうが、良くも悪くも経営と現場の間に軋轢(あつれき)が起こりにくい構造があります。経営の言うことに疑問を持たないか、持っても進言せず、言われたとおりに進めることが多いのではないでしょうか。
よく「上に意見を言わない、日本人特有の気質」と解釈されますが、多少はその傾向があっても、主な理由ではありません。
外資系企業では、経営と現場の関係は違うのでしょうか?
西口氏:徹底した成果主義を掲げる外資系では、現場の社員が「経営層より顧客を理解している」と考える場合、経営層に言われたとおりに……とはなりません。例えば、自分が顧客と接している経験や肌感と、経営が旗振りする内容がかみ合わず「納得できない」と感じたら、経営に対して「間違っている」と躊躇(ちゅうちょ)せず意見する。なぜなら外資系の雇用関係は往々にして日系よりシビアで、特に営業担当者は、給与額や雇用の継続にパフォーマンス(営業成績)が連動していることが多いからです。
成果を上げられなければ昇給もせず、下手をすると失職する可能性もある。経営層に従った結果、自身の業績が振るわずに解雇されては困るので、たとえ上から言われたことでも、違うと思えば進言せざるを得ない状況にあるのです。すべての会社に当てはまるわけではありませんが、経営と現場がぶつかることで、結果として顧客を理解していない経営陣の方針は却下され、顧客をよく知る現場の考えが具現化し、ひいては顧客にとっての価値が増していきます。
ですが短期的な成果を求められるため、安売りしてでも短期的な結果を出すなど、目先の利益に引っ張られてしまう傾向はあります。それは決して、顧客理解に基づいた顧客起点の経営とは言えません。
一方、日系企業はそこまで短期的な成果を求めませんよね。基本的に部門や個人にそこまで大きな責任を負わせず、社員との長期的な信頼関係と雇用関係を重視しています。安定して働けるという利点はありますが、半面、外資系に比べて、経営の提言を疑ったり検証しようとしたりする姿勢は生まれにくいところがあります。
このため、経営から方針や戦略、施策が提案されると、良くも悪くも素直に「まずはやってみよう」と従っていく。違和感を覚えたとしても、特に進言せず、軋轢(あつれき)を生まないほうが中長期的にはよいという判断をしがちです。経営陣としては、現場が何の反論や意見もせずに従うので、現場の肌感と合っているのだと思いますよね。そしてうまくいかなくても、何がどう悪かったのかはわからないままに終わってしまう。
そうした状況を、経営陣は問題視していないのでしょうか。
西口氏:「現場との連携が薄い」「現場の本音がわからない」と悩まれる経営者の方は少なくありません。「何とかしたい」と思っておられる方もたくさんいらっしゃいます。と言っても、現場も別に経営陣に背を向けているわけではありません。ただ、違和感を覚えても進言するだけの動機がないし、経営層も現場から意見を引き出す機会をつくれていない、という状況があるのです。
やはり経営と現場が、西口さんが言う「地図」、つまり共通基盤を持つことで、取り組むべきことも明確になりそうですね。次回は、顧客理解を進めるための顧客調査について聞かせてください。
(第3回に続きます)
会社や事業が成長し続けるために、一番必要なことは何か──。
「すべては顧客のためにある。顧客起点でなければ経営ではない。本書は商売の根幹を問う」一橋大学大学院教授 楠木建氏推薦!
ベストセラー『たった一人の分析から事業は成長する 実践 顧客起点マーケティング』(翔泳社)から3年。ロート製薬「肌ラボ」、ロクシタンジャポン、スマートニュースなど、あらゆる商品やサービスを売り伸ばし、200社を超す企業の経営者に助言してきた西口一希氏による経営論。経営と現場が一体となって顧客に向き合い、事業成長につなげるための必読書です。
◆あらゆる経営者の関心が顧客から離れるのはなぜか
◆昨日の顧客が今日も顧客であるとは限らない。どうすれば価値を見いだしてもらえるか。
◆3つのフレームワークで顧客の「心理・多様性・変化」を可視化
◆大企業からスタートアップまで、実名を含む多数の事例を掲載
変化する顧客の心理を把握するには? 売り上げを伸ばすために欠かせない顧客起点の経営を実現するには? 「誰に(WHO)」対して「何を(WHAT)」提案すべきかという「顧客戦略(WHO&WHAT)」の立案をはじめ、本書は顧客理解を経営に組み込む方法を、分かりやすく、徹底解説します。
■西口一希氏が語る「顧客起点の経営」 第1回
■日程:2022年7月5日(火)19:00~20:00(予定)
■テーマ:なぜ企業の成長は止まるのか? すべてのカギを握る顧客理解
■講師:『顧客起点の経営』著者・Strategy Partners代表 西口一希氏
■西口一希氏が語る「顧客起点の経営」 第2回
■日程:2022年7月12日(火)19:00~20:00(予定)
■テーマ:顧客を分析、ニーズに対応して急成長 ミスミ「meviy(メビ―)」事業に学ぶ
■講師:『顧客起点の経営』著者・Strategy Partners代表 西口一希氏、ミスミグループ本社 常務執行役員meviy事業担当・ID企業体社長 吉田光伸氏
■会場:Zoomを使ったオンラインセミナー(ライブ配信)
■主催:日経ビジネス
■受講料:日経ビジネス電子版の有料会員のみ無料(事前登録制、先着順)。視聴希望でまだ有料会員でない方は、会員登録をした上で、参加をお申し込みください(月額2500円、初月無料)。
※本ウェビナーは1回のお申し込みで、ウェビナーの第1回、第2回ともご視聴になれます。
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+事業を成長させるヒントを得たいと考えている方
+顧客について深く理解するノウハウを身に付けたい方
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