提供:ベイカレント・コンサルティング

DXの成果の一つともいえる「顧客価値の創造」。この成果を得るためには、いかにマーケティングに取り組むべきか? 数多くの企業が頭を悩ませる問いの答えを探るべく、ベイカレント・コンサルティングの高木翔平氏に話を聞いた。

デジタル化・マーケティングの遅れ、二重苦にあえぐ日本企業

政府戦略でも語られているように、DXの成果の一つは、新たな顧客価値の創造、そして顧客価値の最大化だと考えられます。デジタル化に向けた取り組みをそうした成果につなげる上で、マーケティングは重要です。今回はこのデジタル時代にいかにしてマーケティングフレームワークを捉え直すべきなのかというテーマで、お話を伺いたいと思います。

高木氏:マーケティングの難しさの1つは、生活者が思いもよらぬ変容を遂げることです。よって企業の考えだけで取り組みを進めていては、成果は得られません。生活者の変容を捉えなければ、むしろ顧客は次々と離れてしまいます。

 そして現在、生活者の価値観や行動はデジタルによって大きく変容しています。だからこそ、企業は単にデジタルを適用するのではなく、この変容に合わせてマーケティングの在り方自体を進化させていかなければ、市場に取り残されてしまいます。

高木 翔平 氏
高木 翔平 氏
ベイカレント・コンサルティング ベイカレント・インスティテュート シニアマネージャー

かねてから日本企業は、デジタル化はもとよりマーケティングの取り組みも、欧米企業に比べ遅れていると指摘されてきました。かなり厳しい状況といえますが、デジタル化とマーケティングという視点で見た時、日本企業の課題についての見解はいかがでしょうか。

高木氏:生活者は、デジタルとアナログを区別して使っているわけではありません。それなのに多くの企業には、デジタルとアナログの融合を図る視点が欠けている。ここが問題です。両者を区別してマーケティングを展開する企業が多い。

 例えば「この施策にはチャットボットが使えそうだから導入しよう」という発想ですね。単なる導入では、デジタルとアナログの融合を図っているとは言えず、得られる成果は限定的なものになってしまいます。

不朽のマーケティングフレームワーク「4P」を捉え直す

こうした状況を打破するには、マーケティング活動をいかに進めていけばよいのでしょうか?

高木氏:先人の英知の結晶であるフレームワーク(方法論)に立ち返り、デジタル化による生活者の変容に応じて、デジタルとアナログを融合できる形にフレームワークを捉え直すことです。企業が顧客に対して有効的にマーケティングを行うためのフレームワーク「4P」を、再解釈する必要があると考えています。

4Pは、「Product(製品・サービス)」「Price(価格)」「Promotion(プロモーション)」「Place(チャネル)」の4つの要素を組み合わせてマーケティングを進めるという考え方です。これを生活者の変容に応じて、各要素を捉え直すということですか?

高木氏:その通りです。各要素の新たな捉え方については下図に示した通りですが、デジタルによる生活者の変容にあわせて、「Product」は「製品・サービスの開発」から「顧客価値の共創」。「Price」は「価格の設定」から「価格の最適化」。「Promotion」は「認知の促進」から「ブランドの共創」。「Place」は「チャネルの配置」から「顧客体験の開発」というように4つの“P”を解釈し直す必要があるのです。

4Pを企業主導から顧客との共創へと捉え直す
4Pを企業主導から顧客との共創へと捉え直す
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4Pの各要素を、いかに進化させるべきか。もう少し具体的に伺いたいと思います。例えば、マーケティングの核であり、4つの“P”の中で最初に設計する「Product」についてご説明いただけますか?

高木氏:「Product」について「製品・サービスの開発」から「顧客価値の共創」への転換が求められる理由は、企業視点だけでは製品やサービスの本質的な価値を見極めるのが困難だからです。生活者視点に立つためには、生活者と企業の“共創”関係が必須なのです。

 ただしこの共創関係は、従来から行われているファンとの商品共同開発といったものとは一線を画すものです。変化の速いデジタル時代において、生活者のニーズは目まぐるしく移ろっています。ゆえに、企業は御用聞きのスタイルでは生活者の変容に置き去りにされてしまいます。生活者の一歩先を行く提案力が不可欠になっているのです。一歩先を行く価値提供のためには潜在的なニーズを見出す必要がありますが、現代ではそのヒントとしてデータを参照することが可能です。顧客自身も気づいていない潜在的なニーズを、デジタル・データを武器に掘り起こす。顧客との価値共創をこうした形で実現し、本質的な価値として提供していくのです。

顧客が求める製品・サービスの「本質的な価値」を見抜くための秘訣はありますか。

高木氏:コトラーが提唱する「プロダクト3層モデル」を使うと、本質的な価値にたどりつきやすいと思います。製品の価値は、本質的な価値である「中核」、製品の性質や機能である「実体」、製品の性質や機能を高める「付随機能」という3つの層に分かれているという考え方です。普段目を向けがちなのは「実体」や「付随機能」といった部分で、「中核」の価値は見過ごされやすいのですが、本質的な価値はこの部分にあります。先に例示したチャットボットは、「付随機能」にあたります。デジタルによって様々な機能をクイックに追加できるからといって「付随機能」が肥大化してしまった製品・サービスに心当たりはないでしょうか。そのようなところばかりがいくら先行しても、本質的な価値創造にはつながりません。そこで、今一度、価値の本質である「中核」に立ち返り、デジタル・テクノロジーで何ができるのかを見極めることが大切です。一見当たり前に思える三層モデルですが、そのエッセンスから学ぶことは多いのではないでしょうか。

プロダクト3層モデルで見える、成功の要諦とは?

そのような取り組みによって、実際に成果を出している企業の事例はありますでしょうか?

高木氏:NIKEの取り組みは好例です。同社では主要プロダクトであるスニーカーに合わせて「NIKE+」を始めとし様々なアプリやサービスを展開してきました。これらは単なるアフターサービスを提供するための接点ではなく、デジタル・テクノロジーを活かし生活者と一緒に顧客価値を育むための共創の機会として役割を果たしています。プロダクトの新たな中核の価値までを見据えてこそできる価値共創の在り方です。直近では、NFT(鑑定書付きのデジタルデータ)を活用したバーチャルスニーカーを販売。この製品の本質的な価値として「コレクションする」価値を見出せたのは、従来のスニーカーの「足を守る」価値から始まった顧客との価値共創の積み重ねがあったからです。

 このような展開は、従来のスニーカーの価値にとらわれていたら実現し得ません。顧客データを活用することに加え、自社プロダクトにデジタルを掛け合わせて新たな価値を生活者と共に見つめ直し、磨きこんだからこそ、実現できたのです。

NIKEのデジタル施策概要
NIKEのデジタル施策概要
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以上のような取り組みを行わなければ、競争に勝てない時代が到来しつつあるということですね。ではNIKEをはじめ、成功企業には、どのような共通点があるのでしょうか? 秘訣などがあれば教えてください。

高木氏:次々と登場するデジタル・テクノロジーによって「新たにできるようになること」を見極め、素早く顧客に新たな価値を提案し、共創していくこと。これに尽きるのではないでしょうか。

本日はありがとうございました。それでは、最後に日経ビジネス電子版の読者にメッセージをいただけますでしょうか。

高木氏:今回はデジタルによる生活者の変容に合わせて、マーケティングのフレームワークを捉え直す必要性について話をしました。しかし忘れてほしくないのは、捉え直しといってもフレームワークの根幹には不朽の価値があるということです。

 世の中には新しい技術やツールが次々に登場するので、どうしてもそちらにばかり目が行ってしまいがちです。しかしいくら技術が進化しても、経営や事業に求められる本質は変わりません。基本的なフレームワークに立ち返りながら、時代に合わせて捉え直す視点が必要だと考えています。

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ベイカレント・コンサルティング監修/則武 譲二著
『戦略論とDXの交点』
レポート『価値共創によるパラダイムシフトと次世代マーケティングの兆し』

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