この記事は日経ビジネス電子版に『 Zホールディングス、「最短15分」即時配達で描く勝ち筋』(6月8日)、『連携できるかヤフーとLINE 鍵は個人情報保護』(6月9日)として配信した記事を再編集して雑誌『日経ビジネス』6月13日号に掲載するものです。

2021年3月に経営統合したZホールディングス(ZHD)とLINE。20年代前半に電子商取引(EC)で物販取扱高首位を目指すが、道のりは険しい。利用者数の合算が2億人超に上る巨大経済圏を生かし、ライバルを追い上げる。(6月10日配信の日経ビジネス編集長によるインタビュー『「10年先を見て大技を仕込む」 Zホールディングス川邊社長』も併せてお読みください)

 東京都港区三田の国道15号(第一京浜)に面したオフィスビルの1階部分。室内には商品棚や冷蔵庫が並び、注文を受けた従業員が商品を忙しそうに選ぶ。軒先からはスクーターや自転車に乗った配達員が次々と出発する。上着の肩にはおなじみの「Yahoo!」のロゴが入っている。

 ここは、Zホールディングス(ZHD)が手掛ける、クイックコマース(即時配達)事業「Yahoo!マート by ASKUL」の配送拠点の一つだ。食料品や日用品を注文から最短15分で届けるという迅速さが特徴だ。

(写真=右・下:吉成 大輔)
(写真=右・下:吉成 大輔)
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 Yahoo!マートは2021年7月に実証実験を始め、22年1月から本格運用に乗り出した。ZHDの総力を結集させた新規事業と言っても過言ではない。外食宅配の出前館のアプリで利用者が商品を注文し、通信販売を手掛けるアスクルが各拠点に仕入れる日用品や食料品を、出前館の配達員が指定された配達先に届ける。拠点の運用などは事業会社のヤフーが主に担う。

 21年3月にZHDとLINEが経営統合して1カ月後の4月、新サービスの議論が動き出した。出前館は20年にLINEが実質子会社化、片やアスクルは15年にヤフー(現ZHD)が連結子会社化しており、もともとは別々の企業体に属していた。それが経営統合によって、協業できるようになった。

 21年7月の実験開始まで3カ月。細かな業務の割り振りや、詳細な即配サービスのイメージも描けていない状態から出店にこぎ着けなければならない。しかも「3社の方向性には差があった」とヤフーのクイックコマース事業部長の中尾英樹氏は語る。

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福岡の失敗に学ぶ

 慎重になるのも無理はない。実はZHDにはわずか1年前に即配サービスを試したが、なかなか軌道に乗らなかった苦い記憶があったのだ。その名も「PayPayダッシュ」。専用のアプリから注文すると、配達員がイオン九州が運営するスーパーで商品をピックアップして届けるサービスで、20年3月に福岡市で実証実験を始めた。だが、「なかなか思ったように注文が入らなかった」と中尾氏は振り返る。理由の一つが即配サービスの利便性が人々に浸透していなかったこと。スーパーで張り紙をするなど利用を呼び掛けたが、実際に店舗で買い物をする人たちに即配サービスはまだ縁遠いものと映ったようだ。

 今回は経営統合の象徴とも言える肝煎り事業。「福岡と同じ轍」は踏めない。

 ヤフー、アスクル、出前館の3社の間に一体感を醸成するため、ZHD幹部が協議に参加して、議論の活性化に心を砕いた。週1回の会議には3社の担当者の他にZHD取締役で現在はヤフーの社長を務める小澤隆生氏が参加。ZHDのECの中核事業であるYahoo!ショッピングなどの規模を拡大してきた立役者で、グループ内での信頼も厚い。各社の細かな役割分担など、3社間で議論にずれが生じるタイミングですかさず取りまとめを行ったという。「ZHDの立場から俯瞰(ふかん)的な立場で方向性を見極め、決断をすることは、短期間で事業を開始するうえで重要だった」と中尾氏は話す。

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