消費者から注文が入ったとき、小売店が見積もりや受注の情報を卸やメーカーと共有するために改めてメールやFAXでやり取りする。しかも、そのデータをシステムへ手動で入れ直さないといけない。面倒だが、小売店、卸、メーカーの間で情報を共有できず、データが分断される仕組みのため、仕方ない。消費者からの注文に変更があったときも、同じ手間がかかる。

 このように手動による情報連携に頼っている現場が、今も多いのではないだろうか。メーカー、卸、小売りが携わる商流上の見積もりや受注業務の現状を筆者が見ていると、業務の個別最適化は各社で一定程度進んでいるものの、商流全体のエンド・ツー・エンドでの業務効率化が実現できていないケースを目にすることが多い。これでは業務でミスが多発し、問い合わせ対応に多くの時間を割くことになってしまう。業務効率は下がる一方である。販売チャネルや流通経路が多様化したら、なおさらだ。

 また、IT基盤の機能拡張を繰り返してきた結果、複雑化が年々進んだことで、既存機能の細かな改修依頼であっても開発チームからは「数カ月かかる」と回答を受けた経験はないだろうか。あるいは、レガシー技術が残り続け、開発人材の不足や属人化も進む中で、新規機能開発をベンダーへ依頼しても「対応できる開発者がいない」と断られたことはないだろうか。これでは、業務を効率化したり、需要の変化に迅速に対応したりすることは難しい。

 こうした商流上の業務を効率化し、事業環境の変化に対してスピーディーに対応するための仕組みとして「リテールテック」と呼ばれる技術領域に注目が集まっている。本稿では、こうした仕組み作りのポイントとして、(1)データ利活用による業務効率化、(2)ローコード開発による柔軟なIT基盤の確立、(3)スクラム導入による早期の業務の価値向上、の3つについて、事例を交えて紹介する。

 近年、コロナ禍による消費者意識の変化や、原材料の価格高騰など、ニーズや市場環境が急速に変化している。このような状況下で競合優位性を維持向上し、市場シェアを拡大するには、小売りからメーカーに至るまでのバリューチェーンにおける業務全体を効率化し、変化に素早く対応するためのメカニズムが、まず必要となる。なお、このメカニズムに向けては業務やIT、商習慣といった側面の課題解決が挙げられるが、ここでは業務とITにフォーカスして説明する。

(1)データ利活用による商流全体の業務効率化

 小売りからメーカーまで、商流上の業務全体を効率化するためには、これまで人海戦術のようにアナログ的な手法で担保してきた情報連携を自動化することが重要である。小売店の見積もりや受注のデータを、バリューチェーン上の卸やメーカーに一貫性を持って連携する仕組みを構築することによって、見積もりや受注の業務効率化が可能になる。データの一貫性を保つためには、見積もりや受注のデータにおける共通項目と固有項目を切り分け、共通で保持すべきデータに対して、メーカーや流通各社が独自に構成してきたデータモデルを一致させることが重要だ。

 データモデルの刷新は、難易度が高い。取引のある全ての小売店や卸を含めビッグバン方式で一度に刷新するには多大な労力と長い時間が必要となる。一方、販売戦略などに応じて、個々の小売店や卸が取り扱う商品や流通経路は多様化されていることが多い。この構造を利用し、流通経路ごと、商品カテゴリーごとといった形で段階的に刷新するアプローチを採ることによって、各段階で対象となる小売店や卸、および必須となるデータや機能を絞り込み、業務効率化を早期に実現できるようになる。

 ある事例では、見積もりと受注の業務効率化に向け、流通プロセス全体でデータモデルを見直し、見積もりや受発注の主要データから商品情報などの共通項目を抽出してデータモデルを一致させた。共通データは小売店、卸、メーカーごとに分けて保持しつつ、共通キーを持たせ、このキーを利用して互いのデータを連携する仕組みとした。これらの仕組みを商品カテゴリーごとに段階的に刷新するロードマップを描き、対応する小売店や卸へ徐々に展開するアプローチを採った。結果、ビッグバン方式では数年かかると見込んでいたデータモデル刷新について、取り組み開始から1年以内で最初の成果を上げることができた(図1)。

図1 見積もり・受注データの一貫性を担保するモデリングの例
図1 見積もり・受注データの一貫性を担保するモデリングの例
(出所:アビームコンサルティング)
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 このような業務効率化を段階的に素早く実現するためには、ローコード開発による柔軟なIT基盤の確立と、スクラム導入による早期の価値実現が有効である。以降では、これらについて順に解説する。

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